始めに
始めに
黒澤明監督『生きる』のカズオ=イシグロ脚本のリメイク公開が話題になっています。そこで今回は黒澤明の代表作であり最高傑作『七人の侍』についてレビューを書いていきます。
演出、ムード、ジャンル、背景知識
ロシア文学風のリアリズムの最高の達成
黒澤明は私淑したロシア文学の作家であるトルストイ、ドストエフスキーからの影響が顕著です。本作品はトルストイ『戦争と平和』に加え、ファジェーエフ『壊滅』の影響があります。ファジェーエフはソ連の社会主義作家で、『壊滅』はソ連における革命後のパルチザンの戦闘を描く作品で、その壊滅までが描かれます。
一方、黒澤の愛したトルストイ『戦争と平和』といえば、ナポレオン戦争を描いた戦記文学として知られています。トルストイ自身もクリミア戦争における従軍経験があり、それに由来する反戦思想と農奴制への批判的な発想が起こりました。カフカース地方での生活とクリミア戦争への従軍経験が民衆の偉大さを発見し、それを搾取する構造を持つ戦争という事象と、農奴制に抗いました。トルストイはルソーの自由主義思想の影響も大きく、それが反戦にもつながっていると思われます。
またドストエフスキーも同様に古典主義を形成し、伝統や規範、制度の中で生きる一人一人の生命の厚みに着目し、実践に根ざさない空虚な理想主義の暴走を『罪と罰』『悪霊』に描きました。
同様に黒澤監督『七人の侍』も、画面が捉える世界に生きる一人一人が、生々しい迫力を持って訴えかけてきます。トルストイやドストエフスキーがロシア民衆の一人一人の持つ生命力、生の重みに感銘を受けたのと同様に、我々もフレームが捉えるキャストの一人一人の迫力に圧倒せざるを得ません。ルノワール監督『ゲームの規則』にならびます。ここにロシアリアリズムの最良の部分が継承されていると評価できます。
顔のない大衆であるところの農民
その一方で作品のテーマにもなっているように、用心棒を七人の侍たちに依頼した農民は、無垢な存在とは言えません。むしろ農民は狡猾で強かな存在であって、けれどもそうならざるを得ないのは、農民を戦争や野武士の収奪という形で搾取する侍の存在に由来していることが示唆されています。
大衆であるところの農民はその狡猾さを発揮し、落武者を殺して物資を奪っています。加えて戦争に勝利したのち何事もなかったように、まるで七人の侍たちの死には何の責任もないかのように日常へと回帰します。こうした描写には黒澤や脚本チームの第二次大戦の経験も手伝っているのかもしれません。またフローベール『ボヴァリー夫人』ゴーゴリ『死せる魂』にも似た、俗物の強かさを感じさせます。
小国英雄の存在
本作品は黒澤明の最高傑作と言えますが、その背景には脚本の小国英雄の存在が大きいです。実質、本作品は監督・黒澤明、制作総指揮・小国英雄と言えるような内容と思っています。黒澤監督『羅生門』の記事で書いた通り、助監督時代に脚本を書いて認められていった黒澤監督は、脚色や脚本などの基本スキルが高いのですが、小国英雄の脚色スキルはその上をいきます。小国英雄がチームのまとめ役として貢献していることが、本作を名作たらしめています。
物語世界
あらすじ
戦国時代末期の山間の農村。村人たちは、戦によりあぶれて盗賊と化した野武士におびえていました。
ある時、野武士達の話を盗み聞いた者がいて、野武士達が村へ略奪に来ると判明します。代官は頼りにならないので、村人たちは絶望します。しかし若い百姓の利吉は、野武士と戦うことを主張。長老儀作も戦うことを選択し、「食い詰めて腹を空かせた侍」を雇うことを提案し…
登場人物
- 島田勘兵衛(志村喬):七人の侍のリーダー的存在。その侍の仁と、農民の強かさが対照的です。
- 菊千代(三船敏郎):コメディリリーフ。農民の出身。農民が置かれる苦境とその背後にある侍の存在を伝える存在です。
総評
黒澤の最高傑作
黒澤監督や小國英雄といったチームの総力戦で作られた最高傑作です。トルストイ、ドストエフスキーのエッセンスの最良の部分がここに光ります。おすすめ。
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参考文献
・都築政昭『黒沢明と『七人の侍』―“映画の中の映画”誕生ドキュメント』(朝日ソノラマ,1999)
・都築政昭『黒澤明「一作一生」全三十作品』(講談社.1998)
・藤沼貴『トルストイの生涯』(第三文明社,2019)
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