役所広司を応援!!黒沢清監督『CURE』解説あらすじ

か行の監督

始めに

始めに

 先日、役所広司さんがカンヌ主演男優賞を受賞なされました。今回は、それを記念して、彼の代表作『CURE』のレビューを書いていきたいと思います。 

演出、ジャンル、背景、ムード

ドイツ表現主義、ハマーフィルム、コーマンへ捧げるオマージュの新古典主義

 本作品の演出家・黒沢清は卓越した新古典主義者です。私淑するスティーブン=スピルバーグ(『ジョーズ』)、トビー=フーパーに勝るとも劣らない手腕で、アートワールドの中の既存のスタイルの歴史にアクセスし、独自の演出を構築しています。本作品においてもドイツ表現主義、ハマーフィルム、ロジャー=コーマンの怪奇映画作品に対するオマージュが随所に見えます。役所広司は黒沢作品において、ベラ=ルゴシやハマーフィルムのクリストファー=リーのような名優です。

 アート映画の前史としてT=S=エリオット『荒地』、ジョイス『ユリシーズ』などの新古典主義の作品がありますが、そうした古典主義はゴダール(『ゴダールのリア王』)やトリュフォー(『アデルの恋の物語』)に受け継がれ、さらにその後、クローネンバーグ(『クライムズ=オブ=ザ=フューチャー』)、リンチ(『ブルー=ベルベット』)、黒沢清、塚本晋也(『鉄男』)などへと継承されました。

朦朧とした語り

 この作品においては役所広司演じる主人公・高部に主な焦点化が図られています。しかし、彼の認識はひどく不確かなもので、映像はもっぱら高部の主観的な経験の再現である部分があり、不穏な暴力の影が滲みます。これはドイツ表現主義のロベルト=ヴィーネ監督『カリガリ博士』へのオマージュと思われます。この辺りは『ドグラ=マグラ』と同様です。

 また高部に超能力が受け継がれ、能力を受け継いだ高部が妻などを殺している可能性が示唆されています。

 本作で焦点化される高部の認識は朦朧としていて、催眠術による幻覚なのか、それとも現実なのか、観客には分かりません。なので観客には解釈が開かれています。エイクマン、デラメアに通じる、一人称視点の不確かさを効果的に恐怖につなげています。

 ヤン監督『恐怖分子』にも影響された断片的なモンタージュで一人称視点の不確かさを演出するデザインになっています。このスタイルを確立するのは『DOOR3』あたりからです。

心理劇としてのデザイン

 本作品とコンセプトとして重なるのは漱石『こころ』やロブグリエ『嫉妬』、谷崎潤一郎『』『痴人の愛』、芥川『藪の中』、フォークナー『響きと怒り』、リンチ監督『ブルー=ベルベット』と言えます。集合行為における一部のアクターを語りの主体にしたり、または一部のアクターにしか焦点化をしないために、読者も登場人物と同様、作中の事実に不確かな認識しか得られるところがなく、限定的なリソースの中で解釈をはかっていくことしかできません。 

ファミリーメロドラマのパロディ

 卓越したフォルマリストであるアルフレッド=ヒッチコック(『レベッカ』)の作品がそうであるように、この作品はファミリーメロドラマのパロディになっています。催眠術を通じて、家族の幸福に不穏の影が忍び寄ります。

この辺りは押井守、ミケランジェロ=アントニオーニ、ルイス=ブニュエル作品を彷彿とさせます。

シュルレアリスム

 精神分析やその前史としての催眠術をモチーフとすることから、シュルレアリスムジャンルへのコミットメントが伺えます。内なる獣性を主題とする精神分析への注目はデヴィッド=リンチ(『ブルー=ベルベット』)、北野武(『3-4×10月』)、今敏の作品を彷彿とさせます。

 精神分析の「タナトス」概念の影響が見えます。

物語世界

あらすじ

 ひとりの娼婦が惨殺されます。刑事の高部は、被害者の胸をX字型に切り裂く殺人事件が、連続していることを怪しみます。犯人も動機も明確なそれぞれの事件で、無関係な複数の犯人が、共通の手口で殺人し、犯人たちはなぜかそれを無意識の間にやっています。

 東京近郊の海岸を若い男がさまよってます。記憶をなくした彼は小学校の教師に助けられるものの、男の話術に催眠術にかけられ、妻をXの字に切り裂いて殺します。その後、男は警官に保護され、病院に収容されて同様のことを警官や女医にします。警官と女医は殺人を犯し、被害者の胸を切り裂きます。

 催眠暗示を疑う高部は、この謎の男間宮を容疑者として調べます。しかし、 間宮との対話に苦しみ、また精神を病んだ妻・文江の介護も加わり、苛立ちます。やがて、間宮が元医大の学生で、メスマーという18世紀の医者が開発した催眠療法の研究をしていたことを知った高部ですが、間宮の不思議な話術により、妻の病気を指摘されて、苛立ちを爆発させます。そんな高部を間宮は誉め、高部こそ自分の言葉の本当の意味を理解できるといいます。

 疲れきった高部は文江を入院させます。友人の佐久間は、間宮に深入りしないようにいうものの、自らも間宮と催眠療法に取り憑かれます。やがて、精神病院から間宮が脱走し、佐久間が自殺死体として発見されます。高部は、本当の自分に出会いたい人間は必ずここにやって来ると間宮が言う、森の中の廃屋で間宮と再会し、彼を殺害します。

 しかし病院では文江がX字に切り裂かれて殺され、高部のいるレストランでは、ウエイトレスが店長に包丁を向けています。

登場人物

  • 高部賢一(役所広司):刑事。精神疾患の妻を看病している。
  • 間宮邦彦(萩原聖人):事件の裏に暗躍する男。

総評

古典的ホラーの佳品

 クラシックなスタイルのホラーの佳品です。高級なワインのような味わいです。

関連作品、関連おすすめ作品

・H=ジェイムズ『ねじの回転』、辻村深月『鍵のない夢を見る』、夢野久作『ドグラ=マグラ』:朦朧とした語りの恐怖

参考文献

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