はじめに
黒澤明監督『用心棒』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、演出
ロシア文学(トルストイ、ドストエフスキー)のリアリズムの影響
黒澤明の作品の基調はトルストイ(『戦争と平和』)、ドストエフスキー(『罪と罰』)といった、ロシア文学のリアリズムです。代表作『七人の侍』など、グロテスクなまでのリアリズムで民衆の姿を活写し、そこにはトルストイやドストエフスキーの最良の部分が現れています。
本作もダイナミックなリアリズムを基調とし、フォードやルノワール作品のリアリズムのエッセンスとロシア文学のリアリズムが見事な調和を見せます。
ハメット『赤い収穫』の影響
本作はハメット『血の収穫』というハードボイルド文学の影響が知られています。これはシチュエーションが共通しており、主人公がさまざまな勢力の思惑が渦巻く土地で戦略を巡らせて立ち回る、という中心的なデザインを引き継いでいます。
ヘンリー=ジェイムズ(『鳩の翼』『黄金の盃』)の影響で独特のニヒルなリアリズムを展開したハメットでしたが、本作の虚無的なムードにもその影響が見えます。
またヘンリー=ジェイムズやハメット的な心理劇はレオーネ監督のドル箱三部作(1.2.3)に継承されます。
股旅もの(長谷川伸)
本作は長谷川伸の時代ものや『シェーン』のように、股旅もののバリエーションになっています。これは道中記と時代ものの混合ジャンルで、渡り鳥のような主人公が各地を周り事件に遭遇します。
股旅物の時代劇スタイルはその後、『木枯し紋次郎』や『座頭市』やドル箱三部作に継承されます。
ニヒル剣士の系譜
本作は先述の通り、ハードボイルド小説、犯罪小説の影響があって、そのためにニヒルな世界が展開されていきます。
このようなニヒルな剣士ヒーローは先に『大菩薩峠』や『眠狂四郎』がありましたが、本作もニヒルなヒーロー像がマカロニウエスタンやニューウェーブ時代劇(『仕事人』『木枯し紋次郎』)に影響していきました。
またレオーネ監督のドル箱三部作(1.2.3)にも見える、複数のキャラクターの戦略の交錯するドラマは本作やハメットの影響を強く感じさせます。
物語世界
あらすじ
一人の風来坊の浪人(三十郎)が、宿場町の馬目宿へやってきます。そこは賭場の元締めで馬目の清兵衛一家と、清兵衛の弟分で跡目相続に不満を持って独立した丑寅一家の抗争が行われていました。二人はそれぞれ名主の多左衛門と造酒屋の徳右衛門を後ろ盾にして抗争は泥沼化し、町の産業である絹取引きも中断していました。居酒屋の権爺からあらましを聞い浪人は、馬目宿を平穏にするといいます。
浪人は丑寅の子分を三人を斬り倒します。これを見た清兵衛一家は浪人を用心棒として雇います。やがて清兵衛と女房のおりんがいずれ三十郎を始末するつもりのことがばれ、三十郎は報酬を突き返し逃れます。三十郎の狙いは抗争で両勢力を共倒れさせることでしたが、八州廻りが来ると分かり、抗争は中止となります。
役人の逗留中は休戦するものの、清兵衛と丑寅は互いに大金で三十郎を雇おうとし、三十郎は居酒屋で様子を伺います。
十日後、隣の宿場町で町役人が殺されたとの報があり、八州廻りは去ります。すると丑寅の腹心の弟である卯之助が帰参し、手打ちの算段を始めます。町役人殺しは八州廻りを早く町から追い払いたいと考えた丑寅が仕組んだと知り、雇われた下手人を捕らえて清兵衛に売りつけます。有利となった清兵衛は手打ちを破談にするものの、今度は卯之助がその下手人を始末し、清兵衛の息子の与一郎を捕まえ再び形勢が逆転します。しかし、清兵衛側も徳右衛門の情婦おぬいを人質にし、丑寅と清兵衛は与一郎とおぬいを人質交換する約定を取り交わします。
人質交換は済んだものの、三十郎は、おぬいの正体が、しがない農夫小平の妻で、徳右衛門と丑寅の企みで借金のかたにされ、無理やり妾にされたことを知ります。三十郎は丑寅の用心棒となって油断させ、もともと小平の家だったが今はおぬいが囚われた一軒家を襲い、見張りを倒して彼女を助け出し、小平に妻子を連れて町から去るようにいいます。
おぬいを逃がしたのが清兵衛一家と考えた丑寅一家は、多左衛門の絹倉庫に火を放ち、清兵衛一家も報復として徳右衛門の酒蔵を襲います。一方、小平はわざわざ町に戻って、三十郎への礼状を権爺に託します。三十郎の策謀に怒っていた権爺も、事情を知って好意的となっていたものの、他方で卯之助は手紙から真相を知り、三十郎は丑寅一家に監禁され、おぬいの居場所を吐かせるため激しい拷問を受けます。逃げ出した三十郎は、権爺の店に匿われます。権爺がついた嘘で三十郎が清兵衛に匿われていると思った丑寅一家は、清兵衛の家に火を放ち、燻り出された清兵衛一家を皆殺しにします。
三十郎は権爺に助けられ町外れのお堂にいましたが、権爺が握り飯と傷薬を運ぶ途中で丑寅一家に捕まったと棺桶屋から知らされます。三十郎は権爺が護身用にくれた包丁と棺桶屋が用意した刀を持ち、権爺を助けるために再び町へ戻ります。
白昼の町辻で三十郎と丑寅一家が対峙します。短銃を構えた卯之助に対して、三十郎は彼の腕に包丁を投げつけて銃を封じ、丑寅一家を次々と斬り倒し、郊外の農家を飛び出して丑寅一家に加わっていた若者一人を見逃します。倒れた卯之助は弾切れになった短銃を持たせて欲しいと三十郎に乞い、まだ弾薬が残っている銃口を向けますが、力尽きて絶命。清兵衛一家と丑寅一家はここに全滅します。
大店を潰された馬目宿の有力者二人は零落、多左衛門は発狂し、団扇太鼓を叩きながら徳右衛門を脇差で斬り殺し、放心状態でいなくなります。三十郎は権爺を縛っていた縄を斬り、平穏を取り戻した町を去ります。
参考文献
・都築政明『黒澤明 全作品と全生涯』
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