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イーストウッド監督『ミスティック=リバー』解説あらすじ

2000年代解説
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はじめに

イーストウッド監督『ミスティック=リバー』解説あらすじを書いていきます。

演出、背景知識

メロドラマの監督としての飛躍

 イーストウッドは監督に進んでからもレオーネ監督やシーゲル監督の下でのキャリアを活かして西部劇や活劇、南部ゴシックなどを得意とした一方、従来メロドラマは不得手でした。『マディソン郡の橋』など、原作がひどいのもありますが、演出もひどいです。 

 それと代表作は『許されざる者』とされており、実際賞歴としてはそうだとは思うものの、90年代はキャリアのなかでかなりスランプで、『許されざる者』もかなり大味で劣悪な品質で、賞に関してももっぱらこれまでのキャリアに対する決算の意味合いが強いと感じてしまいます。

 ただ演出家としてそれ以降も成長し続けたのがイーストウッド監督で、とくに本作はフィンチャー監督の『ファイト=クラブ』みたいな感じで、ここから目に見えてメロドラマの演出が上手くなって行きます。

ルロイからワイラー、溝口へ

 これまでのイーストウッドはメロドラマの監督としてはルロイやリットくらいの凡庸な演出家でしたが、本作で溝口健二やウィリアム=ワイラークラスのオールラウンダーの巨匠に比肩する演出力を獲得したと言えます。

 本作もミステリーやサスペンスとして、取り立ててプロットがうまいとは言えませんが、とにかく演出が上手く、情緒的な部分の陰影が卓越しています。

 主人公であるデイヴ、ショーン、ジミーという幼馴染三人の人生の衝突をドラマチックに描きます。

リバタリアン的なメロドラマ

 イーストウッドはリバタリアン(古典的な自由主義)的な発想の持ち主であり、『許されざる者』も銃規制と武装権ネタでした。

 『許されざる者』のテーマは武装権(個人が銃などで武装する自由権)の侵害も、他者の軽はずみな生命の侵害も等しく許されない、というところにありましたが、本作も誤解から筋違いな私刑で人を殺めてしまう男の業を描いています。許されざるものとなってしまった男の責任からの逃走を、ショーンは決して許さないのでした。

物語世界

あらすじ

 ミスティック川沿いにあるイーストバッキンガムが舞台です。

 犯罪稼業から足を洗い雑貨店を営むジミーと、家族と日日を過ごすデイヴ、そして州警察刑事のショーンの3人は、今は特疎遠ですが、幼馴染でした。実は、彼らが11歳のとき、デイヴが見ず知らずの大人に誘拐され、性的暴力を受けたのを境に離れ離れになったのでした。

 現代のある日、ジミーの娘が遺体として発見され、ショーンがその事件の担当となります。妻のセレステは事件当夜に血まみれで帰宅したデイヴに不安を持ち、ジミーに夫が犯人だと思うと告白します。彼は娘の復讐を果たそうと、デイヴを呼び出します。少年に悪戯をしていた男を殴り殺したと主張する彼の言葉を信じず脅し、娘を殺したと言わせます。ジミーはデイヴを殺害し、ミスティック川に沈めるのでした。

 一方、ショーンは真犯人を逮捕。それは殺された娘のボーイフレンドの弟とその友人でした。そしてデイヴが殴り殺したという男の死体も発見されたのでした。真相をショーンから聞いたジミーは、激しく後悔しますが、法の裁きからは逃れます。そんなジミーにショーンは怒りを表するのでした。

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