始めに
岩井俊二監督『リリィ=シュシュのすべて』についてレビューを書いていきます。
背景知識、演出
市川崑流のモダニズム
岩井俊二は『市川崑物語』というドキュメンタリーを手がけるなど、市川崑からの影響が顕著です。 市川崑はシュルレアリスムのジャン=コクトーという作家の作品を好み、そこから顕著な影響を受けていました。コクトーは『恐るべき子供たち』という作品がありますが、あのようなグランギニョルな世界は市川崑も得意とするところでありました。
また市川崑は三島由紀夫から好まれ、三島『金閣寺』の映画化(『炎上』)を託された監督としても知られていますが、本作は三島『金閣寺』からの影響が顕著です。三島由紀夫の『金閣寺』のような青春残酷物語を展開する本作は、市川崑の『炎上』に対するアンサーと言えます。
『金閣寺』との比較
三島由紀夫『金閣寺』の大まかなプロットは、自分の理想の金閣寺と現実の金閣寺との不一致、自身の独占欲や承認欲求、疎外感をモチベーションにして金閣寺への放火に至る青年の心象が描かれる内容でした。等質物語世界の語り手の観念的で混沌とした語り口のなかに、青春の腐臭を描いた内容です。三島由紀夫はコクトー『恐るべき子供たち』などの影響で、グランギニョルな青春物語を展開しました。
本作においては主人公・蓮見雄一は、孤独感や疎外感、またインターネットを通じて知り合った「青猫」の正体がいじめの主導者でかつての友人・星野であると知ったことへの戸惑いから星野の殺害に至る展開が描かれます。
『金閣寺』における放火の動機が抽象的で漠然としている印象があるのと同様に、本作における星野殺害の動機もはっきりしません。蓮見とかつて友人だった星野ですが、いじめの加害者となっていたのでその恨みがあったのかもしれません。理想化していた相手である「青猫」の正体が星野だったことに裏切られた絶望にドライブされたのかもしれません。あるいは星野を突き動かしていた自己破滅的衝動や孤独感への共感から、彼を解き放ちたかったのかもしれません。
市川崑『炎上』との比較
『金閣寺』は市川崑監督『炎上』(1958)、高林陽一監督『金閣寺』(1976)年などとして映画化されています。『炎上』はシャープな線で捉えるフォルマリスティックな内容で、原作よりリアリスティックというか観念的な世界のニュアンスが出ていないです。高林の方が抽象的な主題が出ていて寺山修司などのアングラ演劇(サルトル、ブレヒト、ベケット[『ゴドーを待ちながら』])風味の脚色ですが、完成度は市川のものに劣ります。
『リリィ=シュシュのすべて』は、『炎上』よりも、『金閣寺』原作の混沌とした内的世界の描写のテイストが濃厚で、生々しいリアリズムと技巧的なフォルマリズムテイストの入り混じる混沌とした形式主義的実験の語り口によって、蓮見青年の鬱屈した心理を展開していきます。
象徴主義(ドビュッシー)の彩る青春残酷物語
本作はドビュッシーのシンボリズム風のピアノの旋律が印象的です。
さながら大林宣彦のジュヴナイル(『ふたり』)のような、メランコリックな叙情に満ちています。そのルーツとしてはやはり、マチネポエティークの作家の存在を感じます。
物語世界
あらすじ
雄一が星野と出会ったのは、中学校へ入学したばかりの頃です。裕福な家庭に育った星野は何かと目立っていました。
剣道部へ入部した雄一は部活仲間となった星野に誘われ、彼の家へ泊まります。その夜、彼の部屋に飾られていたポスターで、雄一はリリイ=シュシュを知ります。
雄一は星野ら5人と夏休みに沖縄へ旅行する計画を立て、資金を得るためスリをはたらこうとします。5人は高級車を持つ男に目をつけ、物陰から様子を窺うが、都会の不良グループが先に男をカツアゲします。星野の活躍で、5人は彼らから大金を奪ってしまいます。
5人は沖縄へ訪れ、ツアーコンダクターの島袋や地元案内人のシーサーさん、道中で会った高尾らと共に観光します。しかし、途中で星野は2度命を落としかけます。さらに5人は人身事故の現場に遭遇、撥ねられたのは高尾でした。星野はクルージング中、突然札束を海へ投げ捨てます。
新学期が始まります。星野が不良の犬伏に襲いかかり、彼を気絶させて髪をカッターナイフで切り取る事件が起こります。そこから星野は変貌し、クラスメイトの辻井と飯田、多田野とクリオネを従えて犬伏を登校拒否に追いみます。雄一もまた星野のグループへ強制的に加えられ、犯罪行為をさせられます。
雄一はアーティストリリイ・シュシュの信者となり、インターネット上でリリイ・シュシュの非公式ファンサイト「リリフィリア」を主宰し、「フィリア」の名で、様々な人物と交流します。その中で、「青猫」と出会います。
学校では、校内合唱コンクールの練習があります。学級委員長の佐々木が指揮を、久野陽子がピアノをします。しかし久野がピアノの前に座ると、女子の中心的な生徒である神崎が異議を唱え、久野のピアノを嫌がります。
佐々木は担任教師の小山内に相談するものの、対応してくれません。すると2人の間に久野が割り込み、ピアノを撤廃し、アカペラにする提案をします。佐々木は練習をボイコットするようになった神崎らに、久野がピアノを弾かなくなったと伝え、もう一度参加してほしいと頼み、雄一も説得、神崎らは承諾します。
やがて合唱コンクールの本番が始まり、困難なアカペラ合唱で「翼をください」を披露しました。雄一はピアノを弾かず、合唱の列にも入らず、ただ立っている久野を見つめます。
雄一は、久野をある工場へと呼び出します。工場内で星野が待っていると、雄一は彼女を送り出します。1人になった雄一の前に神崎が現れ、この工場は元は星野の家のものだったものの、去年の夏休みに会社が倒産し、星野の家が離散したと言います。工場内では、星野のグループが久野を強姦し、その様子を撮影します。数日後、久野は頭を坊主にして登校します。
数日後、津田詩織の売春の帰りに、雄一と津田はレストランへ訪れます。雄一が、佐々木とはどうなったのか尋ねると、津田は交際の申し出を断ったと言います。雄一は、佐々木ならば津田を星野から救ってくれたのに何故断ったのかきくものの、津田は、雄一が守ってくれればいいのに、と言います。帰り道で、津田は雄一が聴いていたリリイ・シュシュの音楽に興味を示します。別れ際、津田は「きっと大丈夫」と雄一を励ますものの、この後に津田は、鉄塔から飛び降りて自殺します。
現実が行き詰るに連れ、雄一は「リリフィリア」で青猫と心を通わせます。渋谷でリリイ・シュシュのライブが開催されることが決まり、青猫は目印に青りんごを持っていくと書き込んでいました。
ライブ当日、会場前の列の中で雄一は星野を発見、星野は雄一のチケットを奪い取り、自身のチケットと交換するよう詰め寄ります。さらに、雄一にコーラを買ってくるように命令し、雄一は列から離れます。そのとき雄一は、星野から青りんごを手渡され、青りんごには、bluecat(青猫)のアカウント名を含むメールアドレスが書かれていました。雄一が戻ると、星野は手に持っていたチケットを丸め、人混みの中へ投げ捨てます。雄一は、星野が人の中へ消えていくのを見ます。
ライブ中、雄一は会場の外に立ち尽くし、やがてライブが終了すると、星野を発見します。星野は雄一から青りんごを回収し、誰かに話しかけられなかったか尋ね、雄一が否定すると、星野は立ち去ります。雄一はしばらくしてから、会場を指差して「リリイがいる」と叫びます。その言葉に人混みが生まれ、雄一は人混みを掻き分け、星野の元へと辿り着くと、星野をナイフで一突きし、逃げ出します。
星野は死亡し、その件は「キャトル事件」と名づけられます。雄一は警察に捕まらず、普通に過ごします。雄一は慣れない手つきでドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」を弾き、髪を染めます。久野は吹奏楽部へ入部し、ピアノを弾くようになります。
雄一は成績の低下を理由に小山内から呼び出され、帰り際に久野を帰らせるように頼まれます。久野は部活動の後も1人ピアノを弾いています。雄一は久野の演奏する様子を、背後から見つめます。
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