始めに
始めに
最近、カズオ=イシグロ脚本でリメイクされた黒澤明監督『生きる』が話題になっています。今回はこの作品についてレビューを書いていきたいと思います。
演出、ジャンル、ムード、背景知識
ロシア文学の影響(トルストイ、ドストエフスキー)を汲むリアリズム。トルストイ『イワン=イリイチの死』の影響
黒澤明はロシア文学に傾倒し、表現者として多くの部分を負っていることが知られています。黒澤が特に好んだのはトルストイとドストエフスキーであって、この作品もトルストイ『イワン=イリイチの死』の影響が顕著です。
『イワン=イリイチの死』は、ある官吏が不治の病に罹り、死の恐怖を乗り越え、その運命を受け入れる過程を描く物語です。同様に『生きる』も、市役所の市民課長の男が、癌による自分の死の運命を前にして、公共性に突き動かされ今一度社会のために自分に何ができるのかを見つめ直すドラマです。
「ゴンドラの唄」
この作品を代表するのはブランコを漕ぎながら「ゴンドラの唄」を志村喬演じる渡辺勘治が歌う場面です。若き乙女の一瞬の青春を主題とするこの曲を、年老いて死を目の前にする渡辺が口ずさむ姿は、なんとも言えない感動を生みます。渡辺は市役所を辞めるつもりの部下の小田切とよと親しくなり、彼女の奔放な生き方に感化されます。自分が胃癌であることを彼女に伝えると、とよは工場で作っている玩具を見せてあなたも何か作ってみたらと勧め、その言葉に渡辺は、最後の仕事を決意します。
「ゴンドラの唄」に象徴される渡辺の、人生最後で束の間の青春の物語は、観客に感動を与えます。
巧みな脚本
黒澤明という演出家は、特に脚本、脚色など、映画作りの基礎技能が地味に高いです。
この映画もたとえば『素晴らしき日曜日』などと似ていて何か大きな事件が起こるわけでもないのですが、死を目の前にした男のささやかな日々を丁寧に追っていて、それは静かな感動をもたらします。
フィクション世界
あらすじ
市役所で市民課長を務める渡辺勘治は、仕事への情熱を忘れ、毎日無気力な日々を送っていました。市役所は縄張り意識で縛られ、住民の陳情は市役所や市議会の中でたらい回しにされ、形式主義に支配されていました。
ある日、渡辺は体調不良で休暇を取り、診察を受けます。医師からは胃潰瘍だと告げられるものの、実際には胃癌にかかっていると悟ります。死への不安から、人生の意味を見失った渡辺は、貯金から5万円をおろして夜の街へ出かけます。飲み屋で知り合った小説家の案内でパチンコやダンスホール、キャバレー、ストリップショーなどを巡るものの、むなしいばかりで、帰宅すると家族から白い目で見られます。
その翌日、渡辺は市役所を辞めるつもりの部下の小田切とよと偶然に行き合います。市役所を無断欠勤し、とよと食事をともにするようになります。渡辺は彼女の奔放な生き方に感化されます。とよは玩具会社の工場内作業員に転職します。自分が胃癌であることを伝えると、とよは工場で作っている玩具を見せてあなたも何か作ってみたらと勧めます。その言葉に渡辺は、次の日市役所に復帰します。
それから5か月が経ち、渡辺は亡くなります。通夜で、同僚たちが、役所に復帰したあとの渡辺のことを語り始めます。渡辺は復帰後、役所の幹部らを説得し、ヤクザ者からの脅迫に抗い、住民の要望だった公園を完成させ、雪の降る夜、完成した公園のブランコに揺られて息を引き取ります。市の幹部が渡辺の功績を貶める中、新公園の周辺に住む住民が焼香にやってきて、渡辺の遺影に感謝します。いたたまれなくなった幹部たちが退出すると、同僚たちはお役所仕事への疑問を堪えなくなり、口々に渡辺の功績を讃え、これまでの自分たちを批判します。
通夜の翌日。市役所では、通夜の席で渡辺を讃えた同僚たちは新しい課長の下、「お役所仕事」を続けています。しかし、渡辺の造った新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていました。
登場人物
・志村喬:渡辺勘治役。死を目の前にして、何か他人のためにできることはないかと、自分の生を見つめ直す。
総評
丁寧に作られた佳品
1950年代の黒澤を代表とする、少しこじんまりとしているけれど極めて丁寧に作られた佳作です。自分は黒澤後期(『影武者』『夢』『乱』など)の作品が大味で苦手なので、こうした堅実な黒澤の仕事を、もっと世間に知ってほしいです。
関連作品、関連おすすめ作品
・『ジョジョの奇妙な冒険 第5部』:自分の死の運命を受け入れる物語
・鬼頭莫宏『ぼくらの』:死に臨んだ少年少女たちが繰り広げる戦いのドラマ。



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