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市川崑監督『炎上』解説あらすじ

1950年代解説
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はじめに

市川崑監督『炎上』解説あらすじを書いていきました。

演出、背景知識

コクトーの影響

 市川崑はコクトーという作家からの影響が顕著です。

 コクトーはシュルレアリスムを代表する作家です。有名な『アンダルシアの犬』など、シュルレアリスムは映画とも連動して展開していったので、コクトーも自ら映画を監督しています。また原作『金閣寺』をものした三島由紀夫もコクトーを愛していました。

 コクトーの代表作『恐るべき子供たち』はティーンの世界を描いたグランギニョルな青春物語です。シュルレアリストのブルトンは既成の芸術やブルジョア社会へのカウンターとして、実際の若い犯罪者に着目するなどし、モロー(「出現」)の絵画に描かれるファム・ファタル表象に着目しました。シュルレアリスムの影響が顕著な三島由紀夫の『金閣寺』や『青の時代』、中上健次(『千年の愉楽』)の永山則夫への着目もこうしたモードの中にいて、グランギニョルな青春物語を展開しました。

 またコクトーは、ジャン=ロラン、ワイルド、ロスタン、ダンヌンツィオ、ミュッセ、ボードレール、ヴェルレーヌ、フルニエ、スタンダール、ラファイエット夫人、コンスタンなど、古典主義、ロマン主義、象徴主義、心理小説から影響を受けました。特にフルニエ『モ―ヌの大将』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』、スタンダール『パルムの僧院』、コンスタン『アドルフ』を評価し、その古典的スタイルに影響されました。加えて、ジッドとも親しくし、そのモダニズムや心理劇に影響しました。

 市川崑もコクトーのこうした作家性の影響をうけつつ、モダンな趣味をたたえたクラシックなスタイルや美的感覚をも兼ね備えた独自の演出を展開していきました。

原作との違い

 大まかなプロットは原作『金閣寺』と共通ですが、結構違うところも多いです。

 まず物語の構造が枠物語的構造になり、金閣寺放火後の溝口が過去を回想してフラッシュバックしていき、そのあと溝口の自殺までが描かれる内容になっています。原作では溝口はその後生きる意志が沸いてくるので対照的な流れです。実際の金閣寺放火事件の犯人林は京都地裁から懲役7年を言い渡され服役したものの、服役中に結核と統合失調症が進行し、1956年3月7日に26歳で病死しています。

 またそもそも舞台も金閣寺ではなく驟閣寺になっていて、金閣寺の住職や京都の仏教界からの反対が背景にあります。

 有為子とのエピソードなど、カットされたエピソードもあります。

 金閣寺への放火の動機もかなり違います。原作『金閣寺』では、溝口が幼い頃から「金閣寺」の空想に取り憑かれそれを理想化しつつ、一方で現実の「金閣寺」に対して理想とのズレを感じ、けれどもそんな「金閣寺」へ大戦中に炎が迫り、崩壊の危機を迎えるとその悲劇性のうちに理想の「金閣寺」を感じ、理想のうちの「金閣寺」と現実の「金閣寺」の不一致に悩み、それに異性との関係に悩む性的コンプレックスや、仏教的コミュニティへの幻滅などが絡んで、理想の「金閣寺」を現実で実現させるための「行動」へと至ります。

 他方で『炎上』では、放火の動機はもっぱら老師への幻滅、家庭の没落、吃音のコンプレックス、人間関係の不和などが中心で、理想の美のためのパフォーマンスとしての放火というテイストが希薄になっています。

物語世界

あらすじ

 驟閣寺の徒弟・溝口吾市は、驟閣寺に放火した疑いにで取調室で調書を取られるものの一言も発しません。溝口は小刀と睡眠薬のカルチモンを所持し、胸には自殺しようとした刀傷があります。溝口は、放火に至る経緯を回想します。

 7年前、舞鶴市の成生岬の小寺の僧侶だった父の承道が亡くなり、遺言書により溝口は父の修行時代の友人である田山道詮老師が住職を務める驟閣寺に修行します。驟閣寺の副司は溝口がきて後継が自分の息子でなく溝口になると考えて嫉妬します。そして溝口が吃音症だとわかると揶揄します。それから溝口は、同級生たちに吃音をからかわれ、彼らが尊敬する海軍機関学校に進んだ先輩が持っていた美しい短剣の鞘に醜い傷をつけたのでした。

 溝口にも徒弟生活で鶴川という優しい友人が出来ます。鶴川は東京山の手の寺の息子で、溝口同様に修行僧として住み込んでいます。溝口の母親・あきは、息子が驟閣寺の住職として出世することを望み、食料など手土産を持って老師に挨拶に来ます。

 溝口は母を厭わしく感じます。中学生の時、溝口は母が親戚の男と関係している現場を目撃しました。結核で病弱な父も母の不貞を知っていて、その時そっと息子の目を覆いました。

 父は日本海を望む岬に立ち、驟閣ほど美しいものはこの世にない、その美しさを見れば世の中の汚いもの醜いものは忘れられると息子に教えます。しかし父が守っていた実家の寺も、抵当に入っていたので人手に渡ってしまったと母から告げられます。

 戦争が終わり、やがて驟閣寺にも米兵が見学にやって来るようになりました。敗戦から2年後、寺の副司も拝観料の金勘定に苦心します。ある日、米兵と怒鳴り合っている派手な娼婦が驟閣の中に入ろうとするのを見た溝口は、驟閣が汚されると感じ、女を振り倒してしまいます。腹痛に襲われる女を見た米兵は溝口に礼を言い、煙草を2カートン渡します。娼婦は妊娠中だったのでした。

 溝口は女を倒した罪を告白しようとしたものの、老師に言いそびれます。その後、寺に流産した女が文句を言ったらしく、老師は金で解決したようでした。溝口は老師にそのてきの事情を伝えようとしますが、何も聞こうとしない老師でした。また、母あきが炊事係として驟閣寺に住み込むようになり、友人の鶴川は母親の危篤で東京へ帰リます。

 小谷大学も休みがちになった溝口は、同大学の学生で内反足の戸刈に近づきます。戸刈は障害を逆手にとって高慢な令嬢の気を引いて篭絡し、美人の花の師匠も手なずけました。世の中が変わろうと驟閣寺は変わらないと言う溝口に、戸刈は永遠なものなどないと話します。

 ある夜、学校をサボっているため母親に説教されて外に飛び出した溝口は、夜の新京極の繁華街で老師が芸妓といるのを目にします。溝口は路地に身を隠したものの、じゃれる黒犬の跡を追ううちに、芸妓と車に乗り込もうとする老師と鉢合わせてしまい、尾行したと勘違いされます。

 鶴川が事故死して溝口はふさぎ、戸刈の下宿を訪ねるようになります。戸刈の吹く尺八に溝口は聴き入り、父親の形見だという1本の尺八を戸刈から貰います。祇園の若い芸妓を囲っている老師のことを話す戸刈は、老師の性根を試すため老師の嫌がることをやってみろと溝口に言います。

 溝口が芸妓の写真を朝刊に挟んで老師に渡したものの、無言で溝口の机に写真だけ返されます。溝口は老師と対話を試みるものの老師は芸妓のことも開き直り、もはや溝口を後継者にする心づもりはないと話します。

 溝口は小刀とカルチモンを買い、戸刈から借金した金で故郷の舞鶴に向かい岬から裏日本海の海を見つめます。実家の寺の門を眺めながら、溝口は父の死顔を思い出します。溝口を不審に思う宿の内儀の通報で、溝口は警官に伴われて驟閣寺に戻ります。息子を母は泣いて「親不孝者」と詰り、自分ももう寺に居られずらお前なんか産むんじゃなかった、と吐き捨てて去ります。

 戸刈が、溝口の借金の利子滞納を老師に言いつけます。老師は学生同士で利子は要らないと、元の借金分だけ戸刈に渡します。戸刈が帰ると、溝口は老師から貰った授業料を持って戸刈の下宿で利子分を払います。溝口は、驟閣寺の美を食い物にしている者たちへの失望を語ったのち、五番町の遊廓に向かいます。遊女と話だけし、驟閣が焼けたら驚くかと溝口は訊ねますが、女は軽く受け流します。

 溝口が寺に帰ると、桑井善海が老師と話しています。善海和尚は溝口の父とも友人でした。老師は善海和尚に溝口を紹介する時には、よく修行に励んでいる、と嘘をいいます。妊娠した芸妓の使いからの電話で老師が席をはずしている間、溝口は善海和尚に自分の本心を見抜くよう詰め寄るものの、善海和尚は、何も考えないのが一番いい考えだ、と答えます。

 溝口は夜の驟閣寺を見つめ、俺のすることはたった一つだ、誰も分ってくれない、と呟きます。夜中、溝口は驟閣寺に放火します。驚いた老師は、仏の裁きだ、と取り乱します。

 溝口は裏山へ駆け上り、夜空に舞う驟閣の火の粉を眺めます。警察に逮捕されて現場検証に伴われた溝口は、燃えた後の驟閣寺の湖水に、美しい驟閣の幻影を見て苦痛を感じます。

 7年の刑が決まった溝口は手錠のまま刑事らに連行され、東京行きの汽車に乗ります。その2か月前に溝口の母は鉄道自殺しました。汽車の中で思いつめた様子の溝口は、1人の刑事に伴われて便所に行くとき、連結部から飛び降ります。

 自動車で駆けつけた先ほどの刑事らが、線路わきで筵をかけられた溝口の遺体のほうへ向かいます。

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