始めに
F=F=コッポラ監督『地獄の黙示録』について解説を書いていきます。コンラッド『闇の奥』は原作というよりも原案に近いです。
背景知識、演出
モダニズム文学、アート映画、文化人類学(『金枝篇』)
コッポラ監督のアート映画はモダニズム文学やヌーヴェルバーグからの影響が顕著です。モダニズム文学においてT.S.エリオット(『荒地』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、フォークナー(『響きと怒り』)など、神話的象徴の手法はモダニズム文学に典型的に見られる手法です。例えばエリオット『荒地』においては聖杯伝説における、聖杯の失われた時代の荒地がブルジョワ社会の腐敗の象徴として描かれています。
本作もそのような神話的象徴の手法が見えます。エリオット『荒地』は文化人類学の著作フレイザー『金枝篇』からの影響が顕著ですが、本作も『金枝篇』の影響が伺えます。『金枝篇』はサリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』や大江健三郎『水死』にも影響しており、ざっくりいうと古代にネミの森にあった森の王という司祭殺しの儀礼に関する考察で、それは生命や農耕を司る自然のサイクルのメカニズムを維持・継承するべく、その擬人化たる森の司祭の生命のエネルギーが尽きる前に殺し、次の司祭に受け継ぎ生命の循環を維持するため、という内容になっています。
本作はベトナム戦争を背景にカーツ大佐という森の王を殺すために送られた、主人公ウィラード大尉のドラマが描かれます。
原作との比較
まず舞台が19世紀後半のコンゴから、ベトナム戦争中のベトナムに舞台が移り、主人公の目的もカーツの殺害になっていて、単なるカーツの第三者ではなくなっています。
コンラッドの原作は船乗りのチャールズ=マーロウが、船上で仲間たちに見聞した過去を語り、語り手「私」はその聞き手にまわる、という枠物語になっています。このような構成は本作に取り入れられていません。
また原作は神話的象徴の方法は取り入れておらず、原作に影響されたT.S.エリオット『荒地』がそうした手法を取り入れたものでした。モンタージュによって表現される、神話的、儀式的象徴としてのカーツ大佐の顛末は印象的ではあります。
個人的評価
原作に神話的象徴を孕み、脚色でそれを無くした作品にモダニズム文学のディネーセン『アフリカの日々』原作、ポラック監督『愛と哀しみの果て』があります。これはさしたる作品でなく、賛否両論ある脚色ですが、とはいえ合理的な判断と評価します。映画と小説の意味論、統語論の違いから、小説の技巧をそのまま映画に移入するのは難しいです。なので『愛と悲しみの果て』が普通のメロドラマとして脚色したのは合理的です。
他方、モダニズム文学の象徴的手法をモンタージュで表現した本作品は、見応えはあるもののかなり大味に感じられます。小説、映画のコード(統語論、意味論)の違いを踏まえずそのすり合わせが十分になされていないため、やりたいことはわかるけれども安直な演出になっています。
レヴィンソン監督『ナチュラル』、コーエン兄弟『オー・ブラザー!』の方が象徴的な手法を取り入れつつバランスの調和に成功しています。
物語世界
あらすじ
ベトナム戦争中の1969年、アメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー)のウォルター=E=カーツ大佐は、上官の許可を得ずに北ベトナム軍、南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)及びクメール=ルージュ軍に対して激しい戦闘を繰り広げます。さらにカンボジア東部の人里離れたジャングルの前哨基地を拠点として、米国軍、山岳民族軍、地元のクメール民兵部隊を指揮し、独立王国を築き、半神と崇められていました。
南ベトナム軍事援助司令部・研究監視団に所属する工作員ベンジャミン=L=ウィラード大尉は、ニャチャンにある第1野戦軍本部に呼び出されます。ウィラードは、CIAによる要人暗殺の秘密作戦に従事してきたものの、戦地を離れていると無聊に悩み、酒に溺れていました。ウィラードは、カーツがベトナム人4人を殺害した罪に問われていること、独立王国を築いていることを告げられ、「カーツを殺し、その指揮を終了させる」よう命じられます。ウィラードは、フィリップス上等兵曹(チーフ)が指揮する米海軍の河川哨戒艇(PBR)に乗員のランス、シェフ、クリーンと共に乗り込み、ヌング川を遡ってカーツの前哨基地を目指します。
ヌング川の河口に到着する前に、ウィラードたちは第1騎兵師団所属のビル=キルゴア中佐が指揮するヘリコプター強襲部隊である第9航空騎兵連隊第1大隊と合流し、川への安全な進入について討議します。キルゴアは、ランスが有名なサーファーであることを知り、自身も熱心なサーファーであるキルゴアは、ベトコンが支配するヌング川の河口の先まで彼らを護衛することに同意します。夜明けにヘリコプター部隊は拡声器で「ワルキューレの騎行」を流しながらロケット弾や機銃掃射でベトコンの拠点を攻撃し、キルゴアの要請で近接航空支援に飛来したアメリカ空軍のF-5編隊がナパーム弾でベトコンが潜む森林地帯を焼き払います。
新たに制圧した砂浜で一緒にサーフィンするようランスを説得しようとするキルゴアから逃れ、ウィラードは乗員たちを促してPBRに乗り込み、任務を続行します。途中で燃料を供給するために米軍基地に立ち寄ると、その夜プレイメイトによる慰安活動が行われるものの、兵士たちが余りにも興奮したことから中止されます。
燃料を供給し基地を出発したウィラードたち。艇長であるチーフはウィラードの任務よりも通常のパトロールを優先するため、緊張が高まります。ウィラードは、説得するために、チーフに命令の一部を明らかにします。ウィラードはカーツの関連書類を読み、カーツが大佐より昇進の見込みのない特殊部隊への入隊のために国防総省での上級の任務から離れたことに衝撃を受けます。
到着したド・ラン橋の米陸軍の前哨基地で、ウィラードとランスは状況に関する情報を求め、公用郵便物と私用郵便物が入った行嚢を受け取ります。その前哨基地での指揮官を見つけることが出来なかったウィラードは艇長に遡上の続行を命じます。ウィラードは行嚢にあった文書を読み、南ベトナム軍事援助司令部・研究監視団の工作員である特殊部隊大尉リチャード=コルビーがウィラードと同じ任務に起用され、その後カーツ側に寝返ったと知ります。
橋の上流に遡った頃、ボートは敵襲を受けます。ランスがLSDの影響下で発煙手榴弾を作動させ、敵の砲火を浴び、クリーンが戦死します。ウィラードたちはその先にあったフランス人のプランテーションにてクリーンを埋葬します。更に上流では、山岳民が投げた槍でチーフが串刺しにされ、死亡します。
ウィラードは、今やPBRの艇長となったシェフに自分の任務を明かします。そしてPBRは遂にカーツの前哨基地に到着します。そこは山岳民で溢れ、犠牲者の遺体が散乱するクメール寺院です。ウィラード、シェフ、ランスはアメリカ人フォトジャーナリストに迎えられます。その男はカーツの天才性を称賛し、カーツはと共に山奥へと入っていったと話します。コルビーにも遭遇します。ウィラードはランスと共にカーツを探し、シェフは2人が戻らない場合は前哨基地への空爆要請を発出するよう指示されます。
カーツの宮殿の前で山岳民に捕らえられたウィラードはカーツの前に連れて行かれ、竹籠に監禁されます。さらにカーツが現れ、シェフの生首をウィラードの膝の上に落とします。シェフはカーツの刺客によって殺害されていました。ウィラードは逃げると殺すと警告されながらも竹籠から解放されます。ウィラードは暗殺を決行しようとするも、かないません。
カーツはベトコンの冷酷さを称賛し、地獄を知らないものに私を殺す資格はないと告げます。カーツは自分の家族について話し、自分が死んだ後、自分のことを息子に話して欲しいとウィラードに頼みます。そしてもし私が殺される運命にあるのであれば、君がやってくれ、と告げます。
その夜、山岳民が水牛を生贄に捧げる儀式をし、その隙にウィラードはカーツになたで襲い掛かります。カーツは抵抗をすることなく致命傷を受け、「恐怖だ」と言い残し、息を引き取ります。
ウィラードが外に出ると、山岳民たちが待ち構えていました。そこにいた全員が、カーツの書いた文書を抱えて立ち去るウィラードを見て、彼に頭を下げます。ウィラードはランスを見つけてPBRに連れ戻し、軍からの無線連絡を無視しつつ、カーツの前哨基地から離れて川を下ります。
ウィラードの頭には、まだカーツの最期の言葉が残っています。



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