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マーティン=スコセッシ監督『タクシー=ドライバー』解説あらすじ

1970年代
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始めに

始めに

昨今、過激なテロ事件もしばしば報道されます。不幸にも亡くなられた安倍元総理大臣が襲撃された際、本作を連想した人も多かったようです。今回はそんな作品についてレビューを書いていきます。

演出、ジャンル、背景、ムード

リアリズム(ロベルト=ロッセリーニなどのネオレアリズモの影響。ジョン=ヒューストン、ジョン=フォード)、象徴的手法

  マーティン=スコセッシはイタリアのネオレアリズモの監督・ロベルト=ロッセリーニからの影響が顕著です。そのリアリズム描写や、象徴的手法、宗教的主題にそれがしばしば現れます。またジョン=ヒューストン(『マルタの鷹』)やジョン=フォード(『駅馬車』)のダイナミックなリアリズムの影響も顕著です。

 本作品においても繊細なリアリズムで、孤独な一青年の心象を捉えています。バーナード=ハーマンのサックスも、そうしたムードを演出します。

 ただ本作はそれ以上に脚本のポール=シュレイダーに負う部分が大きく、とにかく本作は脚本の映画で、脚本のデザインが秀逸です。ポール=シュレイダーの脚本は珍作も多いので、本作はラッキーパンチ的名作です。

ドストエフスキー流の人間喜劇

 この作品は『地下室の手記』など、バルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)流のリアリズムの衣鉢を継ぐドストエフスキーからの影響が顕著です。『地下室の手記』からは娼婦に説教する場面などが引用されていますし、テロルの計画は『罪と罰』『悪霊』を思わせます。

 この作品が秀でているのはドストエフスキーの、公共圏におけるエージェントのコミットメントや自己実現の破綻の人間喜劇を、ベトナム帰還兵の物語として読み替えたことでしょう。帰還兵へ向けられる偏見や差別はロバート=デニーロ演じる主人公トラヴィス青年のうちに、フラストレーションを蓄積していきます。孤独と承認欲求を拗らせた末、トラヴィスは凶行に至ります。ドストエフスキーはポーの影響も顕著ですが、ポーより継承する都市生活者の孤独はここにも見えます。

 とにかくドストエフスキーの主要作品の翻案として、原作からのエピソードの取捨選択が巧みで、ポール=シュレイダーのお手柄です。

バルザック、ドストエフスキー的コキュの艶笑コメディ

 またフランス文学にはコキュ(寝取られ亭主)をモチーフとする作品が多く、恋愛、結婚における不適切なコミュニケーションを風刺の対象とするモードがあります。バルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)も自身の妹の結婚生活の破綻から不幸な結婚や恋愛を作品に描き、不適切なコミュニケーションのあり方を描きましたが、ドストエフスキーもそうした表象を継承しました。

 本作も、主人公トラヴィスの恋愛の失敗を描く艶笑コメディになっています。

英雄譚のパロディ

 この作品はセルバンテス『ドン=キホーテ』、スティーブ=クレイン『赤色武勲章』のような、英雄譚のパロディになっています。日本での知名度の低い『赤色武勲章』は、南北戦争で恐怖から逃走したところ殴られて失神し、目が覚めると名誉の負傷と勘違いされて英雄として賞賛されるというストーリーです。

 『タクシー=ドライバー』では、承認欲求を拗らせた末に、主人公は要人の暗殺を試みて逃走し、やけになって売春稼業を展開するチンピラの拠点で彼らを皆殺しにし、負傷して失神。目が覚めるとチンピラから娼婦の少女を解放した英雄として報道されていました。

 本作は、こうして英雄物語の不条理を描いています。

都会の孤独

 作品はベトナム帰還兵が陥った社会的孤独をテーマとします。本作では帰還兵の一人であるトラヴィスが戦争の後遺症や差別から社会的に孤立し、テロルへと駆り立てられる様が描かれています。

 ベトナム戦争は、アメリカ国内でも大規模な反戦運動を引き起こし、反戦ムードの中で、帰還兵は社会からの冷遇や兵士としての責任を問われるなど不当な扱いを受け、社会問題となっていました。本作はそうした世相を背景にします。

 ドストエフスキーの諸作品のように、野心や承認欲求を拗らせて孤立し、暴走する男をグロテスクなコメディにまとめ上げています。

アーサー=ブレマー

 本作はジョージ=ウォレス大統領候補を襲撃し、重傷を負わせたアーサー=ブレマーがモデルになっています。その日記は出版され、有名になっています。

 ブレマーは何週間も遊説中のウォレスを狙い、1972年5月15日、メリーランド州ローレルのショッピングセンターで5発の銃弾を撃ちました。ウォレスは命こそ助かるものの、下半身不随となります。

フィクション世界

あらすじ

 ニューヨークのあるタクシー会社を主人公・トラヴィス=ビックルが訪れます。彼はベトナム戦争帰りで、戦争の後遺症で不眠症を患い、定職に就くこともままなりませんでした。結局タクシー会社に就職するものの、社交性に欠け、同僚たちから守銭奴とあだ名されるトラヴィスは、余暇はポルノ映画館に通って漫然と眺めたり、マンハッタンを当てもなく運転したりします。そして、そこで目にする麻薬と性に溺れる若者たちや盛り場の退廃に嫌悪を示します。

 ある日、トラヴィスは次期大統領候補、チャールズ=パランタイン上院議員の選挙事務所付近を通りかかります。彼はそこで勤務するベッツィーに魅かれ、彼女をデートに誘います。懇意になる2人ですが、トラヴィスは日頃の習性でベッツィーとポルノ映画館に入ってしまい、激昂させます。以来、どうなだめても応じず、彼はついに選挙事務所に押し掛け「殺してやる」と罵ります。

 トラヴィスの不眠症は深刻さを増します。そんな中、トラヴィスのタクシーに突如幼い少女が逃げ込みます。ごろつきの男が彼女を連れ戻すものの、トラヴィスはこれをきっかけに決断をします。同僚から紹介された裏のルートから4挺の拳銃を仕入れ、そでの中に隠した拳銃を手のひらまでスライドさせる装置を自作し、射撃の訓練と肉体の強化に励みます。トラヴィスは鏡の前で、自身の鏡像を前に不敵な笑いを浮かべ、また怒りに満ちた表情で拳銃を突き出します。

 そんな中、トラヴィスは行き付けの食料品店で強盗事件に出くわします。咄嗟に拳銃を取り出し犯人を撃ち、店主は拳銃の所有許可を持たないトラヴィスを逃がします。トラヴィスは偶然にもいつかの少女と会います。トラヴィスは買春客を装ってアイリスと名乗る少女に近付き、翌日デートに誘うと、売春と不登校をやめるように説得します。アイリスはヒモの男と恋愛し、生活援助をしてもらっていると勘違いし、ヒモに騙されていることに気づいていません。くそまじめと、少女にあきれられてしまうトラヴィスでした。

 トラヴィスは浄化作戦を実行に移します。次期大統領候補のパランタインの集会に現れたトラヴィスは、モヒカンにサングラスです。射殺しようと近付こうとした彼は警護のシークレット=サービスに怪しまれ、何もできずに逃げます。

その夜トラヴィスは、アイリスのヒモ、スポーツを撃ちます。続いて見張り役や用心棒、さらにアイリスの眼前で売春稼業の元締めを射殺します。反撃を受けて重傷を負い、その場で自殺を図るも弾切れで、駆け付けた警官の前で昏倒します。

 マスコミは彼を一人の少女を裏社会から救った英雄として讃え、アイリスの両親からもあれ以来真面目に学校に通うようになったと感謝の手紙が来ます。

 ある夜、タクシーを止め、路上で会社の同僚達と話していると、トラヴィスの車にベッツィーがやってきます。彼女への興味も失せていたトラヴィスは、彼女を降ろしたあと、夜の街をタクシーで一人彷徨います。

登場人物

  • トラヴィス=ビックル(ロバート=デニーロ):孤独なベトナム帰還兵。対人関係が苦手。ヴィーネ監督『罪と罰』やラング監督『M』のピーター=ローレのような怪演です。
  • ベッツィー(シビル=シェパード):チャールズ=パランダイン議員事務所に勤務。
  • アイリス(ジョディ=フォースター):娼婦の少女。ヒモにいいように扱われているがトラヴィスをコケにする。『羊たちの沈黙』でインテリ役が板につく前の作品です。

関連作品、関連おすすめ作品

・J=D=サリンジャー『ナイン=ストーリーズ』:戦争のトラウマのドラマ。

・『ファイナルファンタジーⅦリメイク』、古谷実『ヒミズ』:英雄譚のパロディ

・沢木耕太郎『テロルの決算』、大江健三郎『セヴンティーン』:暗殺をめぐるドラマ

参考文献

・Mary Pat Kelly”Martin Scorsese:A Jouurney”(haccet books,2022)

・アンリ=トロワイヤ『バルザック伝』

・野崎歓『フランス文学と愛』

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