始めに
タルコフスキー監督『ストーカー』についてレビューを書いていきます。
演出、背景知識
アート映画、作家主義のトップランカー
タルコフスキーは作家主義のトップランカーです。作家主義とは、ロマン主義的な、作家個人の独創的意匠を全面的に押し出すテイストを言います。
それこそ黒澤明(『用心棒』)やオーソン=ウェルズ(『市民ケーン』)に匹敵し、基礎的なところがちゃんとうまい上、作家性の発露にも成功しています。
たとえば『惑星ソラリス』などでも、原作のコンセプトを踏まえつつ、大胆な作家的アレンジを展開していましたが、本作も同様です。
本作においてもストルガツキー兄弟の原作を大胆にアレンジし、自身の作家性で味付けしています。押井守監督『うる星やつら2 ビューティフル=ドリーマー』『スカイクロラ』などを連想します。
原作との違い
本作は『惑星ソラリス』以上に原作に大胆なアレンジが加えられています。アレンジというより、『惑星ソラリス』では、原作へのアレンジで原作者と揉めたので、最初から自由な脚色を許す原作を求めて、そのうえで原作から設定だけ借りて本作を脚色した感じで、登場人物、物語の展開は全然違います。
ゾーンの謎を探るため国際地球外文化研究所が設立され、その管理と研究が始めらるなか、ゾーンに不法侵入し、異星文明が残していった奇妙な遺物を命がけで持ちだす「ストーカー」が現われ、そのストーカーの一人、レドリック=シュハルトが主な語り手になるなどといった設定は共通するものの、物語の展開、登場人物、コンセプトは大きく原作と異なります。設定に関しても、原作では、地球に来訪し地球人と接触することなく去っていった異星の超文明が地球に残したのが謎の地帯「ゾーン」で、その起源に明確な答えがありますが、本作では曖昧で、原作と異なる部分があります。
また本作は原作とアレンジして、モダニズム文学(フォークナー『響きと怒り』、T.S.エリオット『荒地』)に典型的な神話的象徴の手法が用いられています。原作にはない神話的な象徴の手法を映画化に取り入れた作品にはコッポラ監督『地獄の黙示録』(原作:コンラッド)、P.T.アンダーソン監督『ゼア=ウィル=ビー=ブラッド』(原作:A=シンクレア)などがあります。
寓意性
本作は預言者と奇跡をめぐる神話的ストーリーになっていて大江健三郎『静かな生活』でもそこへ言及が見えます。ただし、それ以外の解釈にも開かれていると思います。
ストーカーの主人公はさながら預言者のような存在で、「ゾーン」にあって入ると願いが叶う部屋へと他者を導く存在です。この部屋は神や神の奇蹟の象徴です。本作で中心となるのは信仰をめぐり、預言者たるストーカーと、その言葉を聞き受けない「科学者」「作家」という世俗の代表者との対立関係です。世俗の理性の代表者である「科学者」とコモンセンス(良識)の代表者である「作家」はいずれも信仰と神を否定し、一方で最終的にはラストで奇跡の存在が示されています。
帰宅したストーカーは妻に不満をぶつけ、もうこの仕事はやめると告げ、眠ります。その後、ストーカーの娘は部屋でひとり詩集を読み、気に入った詩を暗唱していましたが、テーブルの上のコップを見やると、コップはすべるように動き、そのまま床に落ちます。後、家全体がけたたましく振動し、すぐそばの線路を列車が通過します。これはストーカーの娘が念力を使ってコップを押しているようにも、単なる振動で動いたようにも見えますが、おそらくは前者の解釈が優位で、それはゾーンの奇蹟とストーカーの主張の正当性を示します。
それから、ストーカーの妻の存在と愛も、科学者や作家もともに生きる信仰なき時代の、道徳的荒廃やニヒリズムに対するアンチテーゼとしての理想を体現します。
物語世界
あらすじ
ある国。ある地域で「何か」が起こり、政府はそこへ軍隊を送るが誰一人返って来ませんでした。政府はそこを「ゾーン」と呼んで立ち入り禁止にします。やがて、「ゾーン」内には入ると願いが叶う部屋があると噂されるようになり、「ゾーン」近傍の町では、「ストーカー」と呼ばれる、厳重な警備をかいくぐって希望者を「ゾーン」に案内してわずかな収入を得る人々が現れます。
「科学者」と「作家」と名乗る二人の男性が、「部屋」に連れていくようストーカーに依頼し、ある日の夜明け前、3人は出発します。「ゾーン」ではストーカーが告げたとおり、予想のつかない謎の現象がつぎつぎに起こり、「乾燥室」や「肉挽き機」と呼ばれる場所で危機を迎えるものの、なんとか切り抜けます。
その道中、3人は、「ゾーン」とは何か、「部屋」とは何か、そして信仰とは何かを論じます。ストーカーは、先輩ストーカーの通称「ヤマアラシ」の逸話を語ります。ヤマアラシは死んだ弟を蘇らせたい一心で「部屋」に入ったが、ヤマアラシが得たのは莫大な富で、自分が本当に望むものがそれだったという事実を「部屋」に突きつけられたヤマアラシは自殺したというのです。
3人は「部屋」にたどり着きます。すると科学者は荷物から小型核爆弾を取り出し、部屋を破壊しようとします。科学者は、部屋が何者かに悪用されるのを防ごうというのです。ストーカーは必死で止めようとしてもみ合いになるが、それを見ていた作家はストーカーに向かっておまえは偽善者だと批判します。さらに作家は、部屋は、人の本心の最も醜い欲望を物質化するだけの装置だから、入っても誰も幸せにはならないと言います。科学者と作家は「部屋」に入るのをやめ、3人は「ゾーン」をあとにします。
帰宅したストーカーは妻に不満をぶつけ、もうこの仕事はやめると告げ、眠ります。
ストーカーの娘は部屋でひとり詩集を黙読し、気に入った詩を暗唱していました。娘がテーブルの上のコップを見やると、コップはすべるように動き、そのまま床に落ちます。後、家全体がけたたましく振動し、すぐそばの線路を列車が通過します。



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