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小津安二郎監督『東京物語』解説、ネタバレ

1950年代解説
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始めに

今日は小津安二郎監督『東京物語』の解説を書いていきます。

演出、背景知識

松竹蒲田調を代表する詩的リアリズム、ルビッチ

 小津安二郎は木下恵介(『楢山節考』)、成瀬巳喜男(『浮雲』)などとならんで、松竹蒲田調を代表する監督として知られています。小津は木下と成瀬であれば木下の方に近く、詩的リアリズムのモードやエルンスト=ルビッチのスタイルを継承し、フォルマリスティックに洗練された語り口で人工的なスタイルのもと日常的な世界を描きます。小津映画の人工的な世界が醸す独特のメランコリーやセンチメンタリズムはその後、市川準(『会社物語』)の映画などへと受け継がれていきますが、メロドラマのスタイルとするにはやや相性が悪いため、松竹映画のモードを継承する是枝裕和監督(『万引き家族』『海街diary』)も、小津よりも成瀬からの影響が顕著です。

 本作品もフォルマリスティックな語り口で綴られる伝統的家族的共同体の崩壊が描かれ、滅びゆく存在が人工的なスタイルの中でメランコリックに描かれます。

会話のカット割りのテンポには鏡花、里見弴の影響

 小津安二郎はまた、軽妙な会話のリズムとカット割りが特徴的ですが、これは文学からの影響が顕著です。

 小津は里見弴と交流がありましたが、里見弴(『多情仏心』)や、里見の先達たる泉鏡花からの影響が会話のリズムには見えます。里見とんは泉鏡花からの影響が顕著で、水上滝太郎や田山花袋などから、とんは鏡花の後継者のように見なされました。

泉鏡花は、尾崎紅葉(『多情多恨』『金色夜叉』)の硯友社のメンバーで、そこから江戸文芸の戯作文学を参照しつつも、リズミカルな口語によって幻想的で性と愛を中心とする世界を描きました。戯作文学には談義本・洒落本・黄表紙・合巻(ごうかん)・滑稽本・人情本、読み本などがありますが、江戸文芸にあった洒落本ジャンルは、遊郭における通の遊びを描くメロドラマでしたが、鏡花も洒落本を継承して、花柳界におけるメロドラマを展開しました。また読本的な幻想文学要素、人情本的な通俗メロドラマからも影響されて、幻想文学、メロドラマをものした鏡花でした。戯作文学の口語的な豊かな語りのリズムを鏡花は継承しました。

 里見とんにもこうした部分などにおける影響が顕著で、口語的でリズミカルで豊かな語り口、玄人の女性との恋愛、性愛を中心に描くドラマなどは、鏡花から継承する部分が大きく、谷崎(『春琴抄』『痴人の愛』)とも重なります。

小津の場合、あまりざらざらした性愛の世界、幻想文学的世界は描かずにファミリーメロドラマにこだわり続けるのですが、内容よりももっぱらその会話劇のテンポから影響が見えます。

マッケリー監督『明日は来らず』、チェホフ、ゴーゴリ

 本作品はレオ=マッケリー監督『明日は来らず』の影響で作られたことが知られています。マッケリーのこの作品は、本作同様に老夫婦が子供たちの家族の間でたらい回しにされる様を描く風習喜劇で、伝統的な家族の崩壊を描いています。

 松竹映画にはロシア文学からの影響が顕著ですが、本作品もチェホフ『桜の園』やゴーゴリ『死せる魂』に近いものを感じさせ、俗物的な小市民、民衆、大衆の強かさを描いています。そうした点では黒澤明監督『七人の侍』に通じるところがあります。

小津のわからなさ

 よく小津の映画は「わからない」と、いわれます。

 なんでそういう印象になるかというと、先にも言ったように小津の語り口のスタイルはルビッチ、とんから影響され、異常な冴えを見せるのですが、そもそも人工的でメランコリックなフォルマリズム的スタイルがウェットなファミリーメロドラマと相性がいいわけではなく、そのスタイルをもってすれば泉鏡花的怪談の世界や性愛の世界を描いても冴えを見せたろうに、ジャンル的冒険をしないまま亡くなった部分が手伝っていると思います。

 中上健次や黒澤明監督とか、生前すでにガス欠気味で、晩年は無理している感じがする作家、監督も多いですが、小津は星新一のように、まだまだ作家的ポテンシャルがあったのに、それを十分開拓しないまま亡くなってしまった印象がします。

物語世界

あらすじ

 尾道に暮らす周吉(笠智衆)と妻のとみ(東山千栄子)は、小学校教師をしている次女の京子(香川京子)に留守を頼み、東京にでかけます。ふたりは下町で小さな医院を開業している長男の幸一(山村聡)の家に泊めてもらうが、東京見物に出ようとしたところで急患が入り、結局でかけられません。

 その後、やはり下町で美容院を営む志げ(杉村春子)の家に移るが、志げも夫(中村伸郎)も忙しく、両親はどこにも出かけられず二階で無為に過ごしています。志げは、戦死した次男の妻の紀子(原節子)に一日両親の面倒を見てくれるよう頼みます。紀子はわざわざ仕事を休んでふたりを東京の観光名所に連れて行き、夜は彼女の小さなアパートで精一杯のもてなしをします。

 幸一と志げは金を出し合って両親を熱海に送り出します。志げの選んだ旅館は安宿で、夜遅くまで他の客がうるさくて、2人は眠れません。翌日、2人は尾道に帰ることにして、いったん志げの家に戻ります。志げは、今夜は同業者の集まりがあるので熱海でゆっくりしてきてほしかったと迷惑そうにします。2人は今夜泊まるところを思案し、狭い紀子のアパートにはとみだけが行きます。一方周吉は尾道で親しくしていた服部を訪ねるものの、家に泊められないから外で飲もうと言い、沼田にも声をかけて3人で酒を飲みます。周吉は酔い、深夜に沼田と志げの家に帰ると、2人とも美容室の椅子で眠り込みます。志げは夫に対して父への文句を愚痴ります。

 翌日、帰路の列車に乗った2人ですが、とみが体調を崩し、大阪で下車して三男の敬三の家に泊まります。回復したとみと周吉は、子供たちがのことを嘆きながらも、自分たちの人生は良いものだったと話します。

 2人が尾道に帰ってすぐ、母が危篤だと電報があり、3人の子供たちと紀子は尾道にかけつけるものの、とみはなくなります。とみの葬儀の後、3人は紀子を残して帰り、京子は憤慨するものの、紀子は義兄姉をかばい、若い京子を諭します。

 紀子が東京に帰る日、周吉は紀子に感謝し、早く再婚して幸せになってくれと伝えて、妻の形見の時計を渡します。紀子は声をあげて泣くのでした。

 翌朝、部屋で一人、周吉は静かな尾道の海を眺めます。

参考文献

・高橋治『絢爛たる影絵: 小津安二郎』(1982.岩波書店)

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