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リメイク公開記念!!黒澤明『七人の侍』解説あらすじ

1950年代解説
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始めに

黒澤明監督『生きる』のカズオ=イシグロ脚本のリメイク公開が話題になっています。そこで今回は黒澤明の代表作であり最高傑作『七人の侍』についてレビューを書いていきます。

演出、ムード、ジャンル、背景知識

ロシア文学風のリアリズムの最高の達成

 黒澤明は私淑したロシア文学の作家であるトルストイ、ドストエフスキーからの影響が顕著です。本作品はトルストイ『戦争と平和』に加え、ファジェーエフ『壊滅』の影響があります。ファジェーエフはソ連の社会主義作家で、『壊滅』はソ連における革命後のパルチザンの戦闘を描く作品で、その壊滅までが描かれます。

 一方、黒澤の愛したトルストイ『戦争と平和』といえば、ナポレオン戦争を描いた戦記文学として知られています。トルストイ自身もクリミア戦争における従軍経験があり、それに由来する反戦思想と農奴制への批判的な発想が起こりました。カフカース地方での生活とクリミア戦争への従軍経験が民衆の偉大さを発見し、それを搾取する構造を持つ戦争という事象と、農奴制に抗いました。トルストイはルソーの自由主義思想の影響も大きく、それが反戦にもつながっていると思われます。

 またドストエフスキーも同様に古典主義を形成し、伝統や規範、制度の中で生きる一人一人の生命の厚みに着目し、実践に根ざさない空虚な理想主義の暴走を『罪と罰』『悪霊』に描きました。

 同様に黒澤監督『七人の侍』も、画面が捉える世界に生きる一人一人が、生々しい迫力を持って訴えかけてきます。トルストイやドストエフスキーがロシア民衆の一人一人の持つ生命力、生の重みに感銘を受けたのと同様に、我々もフレームが捉えるキャストの一人一人の迫力に圧倒せざるを得ません。ルノワール監督『ゲームの規則』にならびます。ここにロシアリアリズムの最良の部分が継承されていると評価できます。

顔のない大衆であるところの農民

 その一方で作品のテーマにもなっているように、用心棒を七人の侍たちに依頼した農民は、無垢な存在とは言えません。むしろ農民は狡猾で強かな存在であって、けれどもそうならざるを得ないのは、農民を戦争や野武士の収奪という形で搾取する侍の存在に由来していることが示唆されています。

 大衆であるところの農民はその狡猾さを発揮し、落武者を殺して物資を奪っています。加えて戦争に勝利したのち何事もなかったように、まるで七人の侍たちの死には何の責任もないかのように日常へと回帰します。こうした描写には黒澤や脚本チームの第二次大戦の経験も手伝っているのかもしれません。またフローベール『ボヴァリー夫人』ゴーゴリ『死せる魂』にも似た、俗物の強かさを感じさせます。

小国英雄の存在

 本作品は黒澤明の最高傑作と言えますが、その背景には脚本の小国英雄の存在が大きいです。実質、本作品は監督=黒澤明、制作総指揮=小国英雄と言えるような内容と思っています。

 黒澤監督『羅生門』の記事で書いた通り、助監督時代に脚本を書いて認められていった黒澤監督は、脚色や脚本などの基本スキルが高いのですが、小国英雄の脚色スキルはその上をいきます。小国英雄がチームのまとめ役として貢献していることが、本作を名作たらしめています。

物語世界

あらすじ

 戦国時代末期のとある山間の農村。村人たちは、戦によりあぶれて盗賊と化した野武士(「野伏せり」)たちに始終おびえています。春、山に現れた野武士達の話を盗み聞いた者がおり、その年も麦が実ると同時に、野武士達が村へ略奪に来ることが判明します。

 これまでの経験から代官は頼りにならず、村人たちは絶望するものの、若い百姓の利吉は野武士と戦うことを主張します。長老儀作も戦うことを選択し、食い詰めて腹を空かせた侍を雇うことを提案します。

 侍を求めて宿場町に出た利吉・茂助・万造・与平の4人は木賃宿に滞在し、白米を腹いっぱい食わせることを条件として侍に声をかけるものの、ことごとく断られます。

 そんな中、近隣の農家に盗賊が入り、子供を人質にとる事件があります。通りかかった初老の侍が僧に扮して乗り込み、盗賊を斬り捨てて子供を救い出します。

 侍は勘兵衛と名乗る浪人で、騒ぎを見ていた浪人風の男が絡んだり、若侍の勝四郎が弟子入りを志願したりする中、利吉が野武士退治を頼みます。勘兵衛は飯だけでは無理だと一蹴し、仮に引き受けるとしても侍が7人は必要だといいます。しかし、これを聞いていた同宿の人足たちが、百姓の苦衷を分かっていながら行動しない勘兵衛をなじります。勘兵衛は結局、この困難かつ金や出世とは無縁の依頼を引き受けることを決意します。

 勘兵衛の下に、勘兵衛の人柄に惹かれたという五郎兵衛、勘兵衛のかつての相棒七郎次、気さくな平八、剣術に秀でた久蔵が集います。さらに若い勝四郎、例の得体の知れない浪人風の男菊千代が合流します。

 一行は村に到着、万造が「侍が来たら何をされるかわからない」と、強制的に娘の志乃の髪を切って男装させたこともあり、村人たちは怯えて姿を見せません。

 一行が儀作に面会する中、危急を知らせる板木を打つ音が鳴り、野武士襲来と勘違いした村人は一斉に家を飛び出し侍に助けを求めます。これは菊千代の仕業でした。侍たちと村人たちとの顔合わせを成立させたことで、菊千代は侍の7人目として認められます。

 勘兵衛たちは村の周囲を巡り、村の防御方法を考案し、百姓たちも組分けされ、侍達の指導を受けます。一方、勝四郎は男装させられていた志乃と山の中で出会い、互いに惹かれます。

 やがて菊千代が村人らから集めた刀や鎧を侍らの元に持ち込みます。それは村人が落ち武者狩りによって入手したものでした。菊千代は「百姓を仏様だと思っていたか。百姓ほど悪ズレした生き物はないんだ。でもそうさせたのはお前ら侍だ。」と激昂します。菊千代は、侍にあこがれ村を飛び出した農民でした。その出自と農民の事情を察した侍達は怒りを収めます。

 村人は侍の指導の下で村の防衛線を固めるものの、小川の向こう側にある数軒の家はどうしても防衛線の外になります。守れない離れ家は引き払って欲しいとの申し出を聞いた茂助は、自分たちの家だけを守ろうと結束を乱します。それに勘兵衛は抜刀して追い立て、村人に改めて戦の心構えを説きます。


 初夏、麦刈りが行われ、ついに物見の野武士が現れます。物見を捕らえ、山塞のありかを聞き出した侍達は、利吉の案内で野武士の山塞へと赴き、焼き討ちを図ります。侍たちはあぶりだされた野武士数人を切り伏せ、捕まっていた女たちを逃すものの、その中の美しく着飾ったひとりは、野武士に談合の代償に奪われた利吉の女房でひた。利吉に気づいた彼女は火の中へ再び飛び込みます。それを追おうとする利吉を引き留めた平八は野武士の銃弾に倒れます。村に戻り、皆が平八の死を悼む中、菊千代は平八が作り上げた旗を村の中心に高く掲げます。同時に野武士達が村へ来襲します。

 築いた柵と堀によって野武士の侵入は防がれたものの、防衛線の外側にある離れ家と長老の水車小屋には火が放たれます。水車小屋から動こうとしない儀作を引き戻そうとした息子夫婦も野武士に殺され、唯一助かった赤子を抱き上げる菊千代は「こいつは俺だ」と号泣します。

 勘兵衛の地形を生かした作戦により、侍と村人は野武士を分断します。しかし、種子島をひとりで分捕ってきた久蔵を勝四郎が「本当の侍」と称賛したことから、菊千代は対抗意識を燃やして持ち場を離れ、単独で野武士を襲撃してしまいます。

 菊千代は二挺目の種子島を持ち帰って来たものの、持ち場が野武士による襲撃を受け、さらに野武士の騎射兵が村に入り込み、与平ら多くの村人が戦死し、侍の五郎兵衛も三挺目の種子島に撃たれて死にます。

 日が暮れ、戦いで村人らは疲弊するものの、追い詰められて焦っている野武士達は明日、死に物狂いで攻めて来ることが予想されました。

 その夜、村人たちは隠していた酒や食料を持ち出します。その喧騒から離れた勝四郎は志乃に誘われ、悲壮感の中で体を重ねます。その場を見咎めた万造が激高しますが、妻を喪った利吉が野武士にくれてやったのとは訳が違うと万造に一喝して場を収めます。

 豪雨が降りしきる中夜が明け、残る13騎の野武士が襲来します。勘兵衛はすべてを村に入れたうえで包囲し、決戦が始まります。野武士らは次々倒され、あるいは逃亡するものの、野武士の頭目は村の女子供が隠れていた家に入り込みます。

 大勢が決したころ、小屋に潜んでいた頭目の銃弾により久蔵が斃れます。駆け付けた菊千代も撃たれるものの、菊千代は追いつめた頭目を刺し殺し、自らもその場で果てました。

 野武士を撃退した村には平穏な日常が戻ります。活力に満ちて生活を切り拓いていく村人たちとは対照的に、その様子を見つめる3人の侍の表情は浮かないものです。侍たちの横を田植に向かう村の娘たちが通り過ぎます。その中に志乃がおり、勝四郎を見て躊躇うものの、無言で振り切って田に駆け込みます。そのまま田植歌を口ずさみながら、勝四郎を忘れるかのように志乃は一心に苗を植えます。

 勘兵衛は「今度もまた、負け戦だったな」とつぶやき、怪訝な顔をする七郎次に対して「勝ったのはあの百姓たちだ、わしたちではない」と述べた勘兵衛は、新たな土饅頭が増えた墓地の丘を見上げます。その頂上には、墓標として刀が突きたてられた4つの土饅頭があったのでした。

登場人物

  • 島田勘兵衛(志村喬):七人の侍のリーダー的存在。その侍の仁と、農民の強かさが対照的です。
  • 菊千代(三船敏郎):コメディリリーフ。農民の出身。農民が置かれる苦境とその背後にある侍の存在を伝える存在です。

参考文献

・都築政昭『黒沢明と『七人の侍』―“映画の中の映画”誕生ドキュメント』(朝日ソノラマ,1999)

・都築政昭『黒澤明「一作一生」全三十作品』(講談社.1998)

・藤沼貴『トルストイの生涯』(第三文明社,2019)

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