始めに
フィンチャー監督『ザ=キラー』解説あらすじを書いていきます。
演出、背景知識
ウェルズ、ヒッチコック風のフォルマリズム
フィンチャー監督は『ファイト=クラブ』でスタイルを確立しました。『セブン』『エイリアン3』『ゲーム』などの習作を抜け出て、本作で洗練されたフォルマリスティックな語り口を体得します。
ウェルズ作品(『市民ケーン』)やそれに影響したコンラッド文学(『闇の奥』)へのオマージュは『ソーシャル=ネットワーク』『マンク』に、ヒッチコックへのオマージュは『ゾディアック』などに見えますが、二人に似た洗練されたフォルマリズムが特徴的です。また、この二人と同様に文学的素養も相当なもので、本作もバンドデシネを原作としつつ、ヘミングウェイ「殺し屋」などからの影響が見えます。
ヘミングウェイ「殺し屋」
本作品は殺し屋を主人公にした象徴的な物語になっており、その点、ヘミングウェイ「殺し屋」を連想させます。
ヘミングウェイ「殺し屋」のあらすじです。ある日「ヘンリーズ=ランチルーム」に二人組の男が来店します。 二人はそれぞれハムエッグサンドとベーコンエッグサンドを注文します。 二人は食べ終えた後、ニックと調理場にいたコックのサムを縛り上げ、6時に来るはずのボクサー、オーリー=アンダースンを待ち構えます。ところが7時になってもアンダースンは現れず、殺し屋たちは引き上げます。 二人が去った後、ジョージに言われ、ニックは彼の住むミセス=ハーシュの下宿屋を訪れます。 アンダースンはニックの呼び掛けには応じますが、逃げようとはしませんでした。 戻ってきたニックはジョージに状況を説明。 ジョージはアンダースンが報復に命を狙われたのではないかと話し、ニックはアンダーソンのようなになりたくないからこの町を出ようかと言います。
このような象徴的なストーリーになっています。具体的にはこれがなんの象徴なのかは描かれていませんが、最後の審判のような宗教的象徴を解釈しやすいですし、自分の不始末から招いた身の破滅に対して、懸命に抗うわけでもなく、じっと逃げ隠れして先延ばしにするばかりのアンダーソンの姿は、人生の本質を顕しています。ここには井伏鱒二「山椒魚」のような閉塞感を感じさせます。ヘミングウェイは『ユリシーズ』のジョイスと同時代のモダニストかつ知人で、そのエピファニー文学にもにた寓意的な手法が見えます。
本作における象徴的意味合い
本作品は「殺し屋」というやや非現実的な表象を用いつつ、『ファイト=クラブ』と共通したテーマ性を抱えている印象です。『ファイト=クラブ』もマルクスやマルクス主義哲学、社会学の影響が顕著でしたが、本作も同様です。
本作における主人公の殺し屋は、ポーズやファッションなどへこだわるなど自意識過剰で、殺し屋としてのスタイルにこだわるあまりにミスを犯します。ターゲットを待つ間、食事をし、ヨガをし、音楽(もっぱらザ・スミス)を聴き、殺し屋らしいポーズにこだわるものの、その際誤って売春婦を殺してしまいます。また、本人は殺し屋を引退したく思っており、本当は恋人と穏やかな暮らしをすることを望んでいますが、ラストに描かれるように殺し屋家業にコミットしていないとストレスを感じます。
つまるところ本作も『ファイト=クラブ』同様、大衆消費社会の悲劇を描く内容になっています。結局そこに生きるエージェントは物質に支配されることで疎外され、自分の自己実現のための労働(本作では恋人との穏やかな暮らし)にコミットできません。生活のための仕事に労力を割かれたり、仕事や社会生活における見栄や体裁にこだわるあまりにミスやストレスを感じていたり、仕事依存症気味になったりしています。
このような大衆社会においての労働者の疎外や閉塞感の象徴としての物語がここに描かれます。この辺りは先のウェルズ監督『市民ケーン』とも重なります。
資本主義の不条理の喜劇
本作は他にも、資本主義社会の不条理を描く内容になっていて、例えば、主人公のザ=キラーは暗殺の依頼に失敗し、それから依頼主に命を狙われることになって、その報復を図ります。しかし事の真相は、依頼主は、ザ=キラーが暗殺に失敗したからオプションで証拠隠滅をただ担当者に頼んだら、そちらの裁量でザ=キラーが狙われただけで、依頼主はべつにザ=キラーを恨んでいたのではなかったという間抜けな顛末が明かされます。
資本主義社会、大衆消費社会の消費者の軽薄な残酷さと、企業の希薄な人権意識と冷酷さをバロックな笑いで包んでいます。
このあたりはヴァ―ホーヴェン監督と重なる、スラップスティックな笑いが感じられます。
物語世界
あらすじ
「ザ・キラー」として知られる暗殺者がパリでホテルの部屋にいるターゲットを遠距離射撃で暗殺しようとします。ターゲットを待つ間、食事をし、ヨガをし、音楽(もっぱらザ・スミス)を聴き、ハンドラーのエドワード=ホッジスと電話で話します。しかし誤って売春婦を殺します。
ザ・キラーは逃走し、ドミニカ共和国の家に戻ります。家は押し入られ、ガールフレンドのマグダラは侵入してきた二人に襲撃され尋問されて重傷を負うも、逃げて入院することになります。
ザ=キラーは襲撃者を運んだタクシー運転手のレオを見つけ、二人がザ=ブルートと呼ばれて足を引きずる男と、エクスパートと呼ばれる「綿棒のような」女であったと聞き出した後に殺します。
ザ=キラーはニュー=オーリンズに行き、弁護士を装う自分のハンドラーのホッジスの事務所に侵入します。自分の情報の入ったコンピューターを破壊し、ホッジスを痛めつけて襲撃者のことを聞き出そうとするもホッジスは死にます。秘書のドロレスは殺されることを覚悟し、襲撃者の情報を渡す代わりに事故死に見せかけて殺されて、子供に保険金が渡るよう望みます。
ザ=キラーはドロレスの家に行き、襲撃者と暗殺依頼者の名を得た後にドロレスを階段から突き落として殺し、ホッジスの死体を始末します。
ザ=キラーはフロリダに行ってザ=ブルートの家に侵入し、体格で勝るザ=ブルートを格闘の末に殺し、家に火炎瓶で火をつけます。次にニューヨークに行き、高級レストランでエクスパートと対面し、人気のない公園で殺します。
ザ=キラーはシカゴに行き、暗殺依頼者である億万長者のクレイボーンのペントハウスに侵入します。クレイボーンは、ザ=キラーに恨みはなく、暗殺に失敗したためにホッジスに余分に金を払って証拠を消すよう依頼しただけだと言います。つまり、ホッジスの判断でザ=キラーは狙われただけでした。
ザ=キラーはクレイボーンを殺さず、次に自分を狙ったならば苦しめて殺す、と脅して去ります。
ザ=キラーはドミニカに戻り、回復途中の恋人マグダラの隣に座ります。穏やかな暮らしに戻ったはずですが、顔の引きつりが起こり、ストレスを示唆します。



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