始めに
今回はカンヌにあやかってパルムドール受賞作品、キアロスタミ監督『桜桃の味』のレビューを書いていきます。
演出、ムード、ジャンル、背景知識
ゴダール、小津安二郎流のフォルマリズム
アッバス=キアロスタミ監督はゴダール(『軽蔑』)のようなフォルマリスティックな、技巧的な語り口が特徴です。この作品においても第二次の語りが導入されるメタフィクショナルな作品となっています。
キアロスタミは確かにゴダール流のバロック喜劇、モダニズムの影響がありますが、ゴダールのように演出力にムラっ気がある感じではなく、スタイルとして随分洗練されています。そこには松竹蒲田調を代表するフォルマリスト、小津安二郎(『東京物語』)の洗練された語り口を連想します。
チェーホフ、ジョイス、ベケット流のシンボリズム、モダニズム
『桜桃の味』はチェーホフ(『桜の園』)やジョイス(『ユリシーズ』『ダブリン市民』)、ベケット(『ゴドーを待ちながら』)を思わせるような、人生というものの象徴のような寓話となっています。けれどもジョイスやベケットのエピファニー文学がそうであるように、作中の寓話が具体的には何を象徴としているのかはわからないのです。
作中において、主人公である中年男・バディは自殺を考えています。その方法というのは、誰かに手伝ってもらい、穴を掘ってその中で指定の時間に協力者が来るまで待ち、中でもしバディが合図を出せば助け、なければ土をかけるというものです。少しチェーホフ「賭け」を思わせるような作品です。チェーホフの「賭け」ではある男が銀行家と賭けをし、一定期間の監禁生活をこなせたら大金を受け取ることになるのですが、監禁中の内省的な生活を経て、金を受け取らずに自由になることを選びます。
本作品では、自殺のための「賭け」の答えを観客が知ることはありません。なぜならば、男が穴へ入った後、それが第二次の語りとなり、バディ演じる男がスタッフたちと談笑している場面で映画は終わるからです。
作品のテーマは?
作品のテーマは明示されないのですが、それは人生というもののエピファニー(平凡な所作の中に見える対象の本質のようなものの現れ)のようです。
ここではさまざまな解釈が許されています。誰かがある時自殺を考えたとしても、少し遠くから自分を見つめてみれば、大したことではないという意味なのかもしれません。あるいは人生というものは深刻に生きるに値しないという意味なのかもしれません。たとえ自殺を考えても、ちょっとのボタンの掛け違いのようなものでまたうまくいったりするという意味なのかもしれません。答えは観客の中にあります。
フィクション世界
あらすじ
主人公の中年男性・バディは、報酬とひきかえに自殺に協力してくれる人を探して四輪駆動車でテヘラン近郊を彷徨います。バディは、クルド人の若い兵士、アフガニスタン出身の神学生、トルクメン人の剥製師と次々に出会い、依頼を持ちかけます。3人ともそれぞれ異なる理由でバディの申し出を断るが、剥製師は最終的には引き受けます。
バディが計画した自殺は、バディが山に掘った穴に夜のうちに横たわり、依頼相手が朝6時に来て声をかけ返事があれば助け起こし、なければ土をかけるというものです。
続いて、現地で映画スタッフらしき人と談笑するバディ役の俳優や、撮影現場にランニングしてくる若い兵士らの姿が画面に現れます。
総評
スタイリッシュな寓話。佳品
チェホフ、ベケットのような、端正な寓話劇です。佳作。
関連作品、関連おすすめ作品
・サミュエル=ベケット『ゴドーを待ちながら』、筒井康隆『残像に口紅を』:モダニズムの寓話作品
参考文献
・高橋治『絢爛たる影絵-小津安二郎』(講談社)



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