始めに
今日はカンヌ国際映画祭にあやかって、過去のパルムドール受賞作品『パルプ=フィクション』についてレビューを書いていきたいと思います。
演出、ジャンル、背景知識、ムード
ポップアート、モダニズム(ジャンリュック=ゴダール、ウィリアム=S=バロウズ)、シュルレアリスム(ジャリ『ユビュ王』)
タランティーノ監督は幅広い作品を摂取し、表現に取り入れる演出家です。その先駆けとなったのは、ジャンリュック=ゴダール(『ゴダールのリア王』)などの演出家でしょう。この作品もポップアート的なコンセプトのもと、キッチュなパルプ雑誌作品のパロディを展開、ブルジョワ的な既存の芸術へのカウンターとなっています。
ポップアートはデュシャン「泉」などが先駆となり、ポップカルチャーの様式を創作にとりいれ、それによる大衆消費社会やポップカルチャーへの批評を展開することが知られます。本作もそれと重なります。
また、パロディにあたって、ウィリアム=S=バロウズの代表的な手法であるカットアップが用いられ、複数のエピソードの非線形な時系列の語りがなされています。これによって運命悲劇としての構造が生まれ、観客は登場人物であるベガの死を、後にあるベガに焦点化を置く語りを観る前に知ります。そこには運命、あるいは現実やフィクションというものが持つ「一回限り」という性質の非情さ、その中に生きる人間の取るに足らなさが描かれています。デペイズマン、モンタージュといった、モチーフやプロットの偶然的な組み合わせの実験が引き起こす思わぬ効果にハッとさせられます。
シュルレアリスムにおける身体性、口語性、ウンハイムリッヒなどの理論に負うところは大きく、ジャンルの代表作アルフレッド=ジャリ『ユビュ王』のような、猥褻な口語的世界が再現されています。
構成
物語は1「プロローグ – ダイナー」、2「『ヴィンセント・ヴェガとマーセルス・ウォレスの妻』へのプロローグ」、3「ヴィンセント・ヴェガとマーセルス・ウォレスの妻」、4「『金時計』のプロローグ」(a – 回想、b – 現在)、5「金時計」、6「ボニーの件」、7「エピローグ – ダイナー」の7つのシーケンスからなり、時系列順にすると、4a、2、6、1、7、3、4b、5です。
冒頭とエピローグが循環する非線形の語りはジョイス『フィネガンズ=ウェイク』を連想します。オムニバスのモンタージュという点ではバルガス=リョサ『緑の家』を連想します。
ラブレー、トウェイン、セリーヌ、あるいはエルモア=レナード的な口語的、身体的世界
タランティーノを代表する演出はなんといっても卑俗な口語の使用です。それは例えばアメリカ文学の祖、トウェイン(『ハックルベリ=フィンの冒険』)にも似て、人種の坩堝たるアメリカというコミュニティを生々しく描いています。タランティーノ作品に通底するポストコロニアルな主題がここには見えます。
タランティーノがエルモア=レナードより継承する独特の卑猥な口語的世界はセリーヌ(『夜の果てへの旅』)や、そのフォロワーのブコウスキーを連想させます。
ディスコミュージカル
異国情緒を掻き立てるエキゾティカの「ミザルー」がBGMとして使われているのが有名ですが、この作品はディスコミュージカルとしての性質を持っています。
まだ若書きな印象はあるものの、いくつかのミュージカルシーンは優れています。
パルプフィクションとは
パルプ=フィクションとは、パルプ雑誌にのっていた安手の犯罪小説、冒険小説のことです。このジャンルに典型的な犯罪小説のパロディをここで展開しています。こうしたコンセプトはさきにもいったポップアートの文脈を踏まえます。
またこのジャンルと重なるヘミングウェイ「殺し屋」からの影響も指摘されます。
若書きなのは否めない
見どころは多く、挑戦的な作品ではありますが、若書きな印象は否めません。タランティーノが自身の演出スタイルを確立するのは本作より後の『ジャッキー=ブラウン』で、本作品も例えば『SR サイタマノラッパー』のように、陳腐な表現に対する演出上の合理的な理由づけを見出せますし、自分のキャパでできることを頑張るのは立派なのですが、演出力のいたらなさは節々で気になってしまいます。
似たような新古典主義のコンセプトの『インディ=ジョーンズ』シリーズ(1.2.3.4)などと比べると、特にそう思わされます。
フィクション世界
あらすじ
ヴィンセントとマーセルスの妻
二人の殺し屋、ジュールズ=ウィンフィールドとヴィンセント=ヴェガは、ビジネスパートナーのブレットとその友人たちから、彼らのボスであり、地元で有力なギャングであるマーセルス=ウォレスのためにブリーフケースを受け取るためにアパートを訪れます。その途中、ヴィンセントはマーセルスから妻のミア・ウォレスを夕食に連れて行くよう指示されたことを告げ、ジュールズにミアについて質問します。
ヴィンセントがブリーフケースの中身を確認した後、ジュールズはブレットの友人の一人を射殺。ジュールズはマーセルスを裏切ろうとしたブレットを叱責し、エゼキエル書の一節と思われる言葉を暗唱した後、ヴィンセントと共にブレットを殺害します。
ジュールズとヴィンセントはブリーフケースをマーセルスに渡し、マーセルスはボクサーのブッチ・クーリッジに賄賂を渡して、次の試合でわざと負けるように仕向けます。ヴィンセントは麻薬の売人ランスからヘロインを購入します。ヴィンセントはヘロインを注射してミアに会いに行き、マーセルスが一晩町を離れている間、彼女をエスコートすることに同意します。二人は1950年代をテーマにしたレストランで食事をし、ツイストコンテストに参加し、その後帰宅します。ヴィンセントが浴室にいる間に、ミアは彼のヘロインを見つけ、コカインと間違えて吸引し、過剰摂取します。ヴィンセントはミアをランスの家に急いで連れて行き、ランスは心臓に注射するためのアドレナリンを手に入れてミアを意識回復させます。ヴィンセントはミアを家に連れて帰り、この出来事をマーセルスに決して言わないことに同意します。
金時計
ブッチは試合に勝利してマーセルスを裏切るものの、その過程で誤って相手を殺します。恋人のファビエンヌと逃亡を計画するものの、彼女が家宝を忘れていることに気づきます。それはブッチの父、祖父、曽祖父が所有していた金時計でした。それを取りにアパートに戻ると、キッチンカウンターに銃が置いてあり、トイレの水を流す音が聞こえます。ヴィンセントがトイレから出てくると、ブッチは銃を突きつけ、彼を射殺し、その場を立ち去ります。
ブッチが信号で止まっていると、道路を横断するマーセルスが目に入ります。ブッチは車で突っ込み、彼を倒すものの、自分も別の車と衝突して負傷します。マーセルスは意識を取り戻し、ブッチを撃ち、質屋に駆け込みます。店主のメイナードは銃を突きつけて二人を捕らえ、地下室で縛り上げ、猿ぐつわをかませます。
メイナードと共犯者のゼッドは、足の不自由な性奴隷にブッチの監視をさせ、その間にマーセルスを別室に連れて行き、レイプします。ブッチは逃げようとしたものの、マーセルスを助けようと、質屋で持っていた刀で武装します。ブッチはメイナードを殺し、マーセルスを解放します。マーセルスはメイナードのショットガンでゼッドの股間を撃ちました。マーセルスはブッチに、手下を呼んでゼッドを拷問して殺し、自分たちが関与した現場を片付けると言い、ブッチにもう決着がついたと告げ、この事を誰にも言わず、ロサンゼルスから永遠に去るように指示します。
ブッチはゼッドのバイクにファビエンヌを乗せ、二人は走り去ります。
ボニーの一件
アパートで、ジュールズとヴィンセントがブレットを殺した後、別の男がバスルームから飛び出してきて二人に発砲します。すべての発砲は外れ、二人は男を射殺する。ジュールズは二人が生き残ったのは奇跡だと言うものの、ヴィンセントは男はただ射撃が下手だと反論します。
ブレットの別の友人マーヴィン(実はマーヴィンはマーセルスの組織の仕掛け人)と車で走り去る途中、ジュールズが道路の段差を乗り越えた時に、ヴィンセントは誤ってマーヴィンの頭を撃ち、ヴィンセント、ジュールス、そして車内は血まみれになります。
二人は車をジュールズの古い友人で元ビジネスパートナーのジミーの家に隠します。ジミーは妻のボニーが帰宅する前に問題を解決するよう要求します。マーセルスは清掃員のウィンストン=ウルフを派遣し、ウルフはジュールズとヴィンセントに、死体をトランクに隠し、車を掃除し、血まみれの服を処分し、車を廃品置き場に持っていくように指示します。
プロローグ&エピローグ:
青年カップルの強盗とヴィンセントとジュールスのレストランでのエピソード。パンプキンとハニーバニーという二人の泥棒は、ダイナーで朝食を食べながら、過去の強盗未遂事件を回想しています。パンプキンは、客も従業員も二人を阻止する準備ができていないと考え、その場でダイナーを襲撃しようと提案、ハニーバニーも同意します。
エピローグではダイナーで、ジュールズはヴィンセントに、アパートで生き延びたのは神のご加護によるものだと確信し、犯罪生活から引退するつもりだと告げます。ヴィンセントがトイレにいる間に、パンプキンとハニーバニーはレストランを襲撃し、マーセルスのブリーフケースを要求します。パンプキンは最初、ジュールズに銃を突きつけるものの、ジュールズはすぐにパンプキンを制圧し、銃を突きつけます。ハニーバニーはヒステリックになり、ジュールズに銃を向けます。ヴィンセントもハニーバニーに銃を向けて戻るものの、ジュールズがその場を収め、聖書の一節を暗唱し、犯罪生活に対する相反する感情を表明し、強盗に現金を奪われ立ち去るのを許します。
ジュールズとヴィンセントはブリーフケースを持ってダイナーを去ります。
関連作品、関連おすすめ作品
・ジョージ=ルーカス監督『スター=ウォーズ エピソード4/新たなる希望』、スティーブン=スピルバーグ監督『インディ=ジョーンズ/レイダース 失われたアーク』『アンチャーテッド』シリーズ(1.2.3.4):シリアル、パルプといったキッチュな活劇のパロディ、新古典主義。
・村上春樹『風の歌を聴け』:カットアップの手法。新古典主義
参考文献
・”Revolution of the MInd:The Life of Andre Breton”



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