始めに
山崎貴監督『ドラゴンクエスト ユア=ストーリー』について解説を書いていきます。
演出、背景知識
複数芸術の翻案を単数芸術で試みるということ
7リメイクに関する記事でも書きましたが、ビデオゲームという芸術ジャンルには複数芸術であるという特性があります。芸術には単数芸術と複数芸術があり、複数芸術のなかには物体芸術と出来事芸術があり、出来事芸術には上演芸術と再生芸術があります。ある作品の受容において直接に経験される具体的な対象はその作品の「事例」といい、一つの作品に対して一つだけの事例しかあり得ない芸術形式を「単数芸術」、逆に一つの作品に複数の事例がありえる芸術形式を「複数芸術」といいます。「複数芸術」においては一般に、作品を制作することのほかに、事例を実現する手続きを経なくてはなりません。
『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は、そうしたビデオゲームに固有の現象を映画において第二次の語りの導入によって懸命に再現しようと試みておりますが、世間の評判は芳しくないようです。
第二次の語りで描くこと
ビデオゲームにおける美的経験と言うのは、この複数芸術であってインタラクティブ性を前提とするところが大きいです。ドラクエ5で言ったら有名なのは花嫁選択の展開ですが、プレイヤーが自身の選択で選び取り作り上げた事例の存在が、ビデオゲームの美的経験の背後にあるのです。
『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は、そうしたビデオゲームに固有の現象を映画において第二次の語りの導入によって描こうとします。本作に描かれる内容というのは、結局一つの事例に過ぎません。一人のプレイヤーが選択し作り上げた事例の一個に過ぎず、ユア=ストーリーはプレイヤーの数だけある、というのが作中作的演出の意図するところです。
アンバランスな内容に
とはいえ全体的に脚色が失敗しているのも事実です。まず尺の調整がアンバランスです。少年編がほぼカットされているのもそうですし、全体的に原作の内容を追うことだけにアップアップで、一つ一つのエピソードが駆け足すぎてついていけません。
それに加えて終盤の作中作という超展開があるので、多くのシリーズファンや映画ファンは置いてけぼりを食らったと思います。
全体的にコッポラ監督『地獄の黙示録』、宮崎駿監督『風立ちぬ』などに感じる印象と近く、やりたいことはわかりますがあまりうまくいっていない感じです。
物語世界
あらすじ
幼年時代はドット絵のグラフィックでダイジェストで、ストーリーは青年時代前半から始まります。
主人公は光の教団のゲマの手により父・パパスが殺され、ラインハット王子のヘンリーとともに奴隷にされます。主人公はヘンリーとともに脱出し、故郷サンタローズの村に戻り、パパスの残した日記の記述から意志を引き継ぎ、天空の剣と勇者を探し母を助けるため冒険に出ます。
主人公はサラボナという街で、大富豪ルドマンが天空の剣を所持していることを聞くと、モンスターのブオーンを倒すと娘・フローラと結婚できることと、天空の剣を与えるという話を聞きます。ブオーンを倒した主人公は結婚はフローラとすることなるかと思いきや、老婆に魔法の小瓶を渡され、それを飲むと自身の本当の気持ちとしてビアンカが好きであるということに気づき、ビアンカと結婚します。



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