始めに
ロマン=ポランスキー監督『チャイナタウン』解説、ネタバレを書いていきます。
演出、背景知識
ノワールのパロディ。脚本の映画
本作品はノワール映画のパロディになっています。このジャンルのパロディにはゼメキス監督『ロジャー=ラビット』や歌野正午『葉桜の季節に君を想うということ』、村上春樹『羊をめぐる冒険』など様々なものがありますが、本作が揶揄の対象とするのはファムファタール(運命の女)表象です。
ファムファタールの表象は世紀末芸術(オスカー=ワイルド『サロメ』、ギュスターブ=モロー「出現」など)に典型的に見られ、初期のフェミニズムの隆盛や女性の権利拡大が背景になっています。女性の権利の拡大による男性の特権的な地位が脅かされることへの懸念がそうした表象の背後にはあります。
本作品はそのような表象の背後にあるミソジナスな発想と女性の悲劇を描いたフェミニズム的なコンセプトによるノワールへのパロディとなっています(そもそもポランスキーに女性の権利云々を語る資格があるかはともかく)。
一見ファム・ファタールに見えるヒロインのエヴリンが、実は男性中心社会の犠牲者でしかなかったという結末が印象的です。
全体的に本作はロバート=タウンの脚本の着想のセンスが冴え渡る映画になっています。スーザ脚本の『ダイ・ハード』シリーズ(1.2)のような感じで、脚本の着想の段階ですでに成功している作品です。
アクが強すぎるキャストと演出
とはいえ個人的にはちょっと苦手な映画です。私はややポランスキーの表現主義タッチのリアリズムの陰惨なくどさが苦手で、それかつ本作はジャック=ニコルソンやらジョン=ヒューストンやら灰汁の強いゲテモノ俳優ばかり出てくるので胃もたれします。
ニコルソンは『シャイニング』もそうなんですが、いくらなんでも顔芸が煩すぎてコントのようになってしまいます。バートン監督『バットマン』のようなファンタジックでフォルマリスティックな世界観だとそうクドい印象はしないのですが。
物語世界
あらすじ
ロサンゼルスの私立探偵ジェイク・ギテスは「モーレイ夫人」と名乗る女性に依頼され、市の水道局幹部であるホリス・モーレイの身辺調査をします。尾行の結果、ジェイクはホリスが若いブロンドの女性と逢っている様子を写真に撮影します。
依頼主に渡したその写真は翌日の新聞に掲載され、スキャンダルになります。そしてある女性がジェイクを訪ねてきて、自分こそ本物のイブリン=モーレイだと言います。
ジェイクは自分が騙された事に気づき、改めてホリスに事情を聞こうとしますが、彼はその前に放水溝で溺死します。調査をすすめる中、毎夜灌漑用の水が捨てられて、土地が干上がっているのがわかります。陰謀の気配を感じる中、調査中のジェイクはチンピラに脅され、鼻を切られます。くじけずホリスの周辺を調査すると、彼は妻の父親であるノア=クロスとかつて共同事業を行っていた事が判明します。ジェイクはノアと会いますが、ノアはジェイクがホリスを尾行していた時口論をしていた相手でした。
イブリンと会っているうち、ジェイクは彼女と親密になり、事件の背景を知っていきます。ノアは郊外の土地を買い占めていて、ホリスにその砂漠地への灌漑用の水路を作らせようとしていて、ホリスはその不正に反対して消されました。ノアは実の娘であるイブリンをレイプしていて、自分の子供を産ませていました。
ノアから逃れるためにイブリンはメキシコに逃げようとしますが、警官が誤射ます。彼女の乗った車のドアを開けると、イブリンは死んでいました。
登場人物
- ジャック=ニコルソン:ジェイク=ギテス役。探偵かつ主人公です。過去にトラウマを抱えています。
- フェイ=ダナウェイ:エヴリン=モーレイ役。ファムファタル役を演じることの多いダナウェイの悲劇の女性としての演技が印象的です。
- ジョン=ヒューストン:ノア=クロス役。悪漢の演技が印象的です。
参考文献
・ピーター=ゲイ 田中裕介訳『シュニッツラーの世紀』



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