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大島渚監督『戦場のメリークリスマス』解説あらすじ

1980年代解説
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始めに

大島渚監督『戦場のメリークリスマス』解説あらすじを書いていきます。

演出、背景知識

松竹ヌーヴェルバーグ

 大島渚は松竹ヌーヴェルバーグの監督です。

 「松竹ヌーヴェルヴァーグ」とは、1960年代初頭の日本映画界で、松竹映画から登場した新しい感覚の若手監督たちの潮流を指す言葉です。語源はフランスの「ヌーヴェル・ヴァーグ」運動(1950年代後半のジャン=リュック・ゴダール、トリュフォーら)にちなみます。従来の松竹のホームドラマや人情劇的な作風に反発し、若者の疎外感・反体制性・都市的感覚を描いた革新的な作品群とされますが、伝統的な松竹映画のリアリズムにもその様式的ルーツを持ちます。
 

 大島は当初、フランスよりもイタリア・ネオレアリズモや社会派ドキュメンタリーの影響が強いです。例えば『青春残酷物語』(1960)は、同時期のゴダール『勝手にしやがれ』(1960)とよく並べられますが、実際の制作時期を考えると、ほぼ同時期で、「ゴダールに影響された」というより時代的共振の結果です。両者の様式的ルーツにイタリアネオレアリズモがあります。

ヌーヴェルバーグのリアリズム

 アンドレ=バザン主催の『カイエ=デュ=シネマ』に参加したゴダールは、バザン流のリアリズムの薫陶を受けました。これはオーソン=ウェルズ(『市民ケーン』)、ロベルト=ロッセリーニ(『イタリア旅行』など。イタリアネオレアリズモの監督)に倣いつつ、編集について否定的な立場を取り、カメラをなるべく透明なものにしようとしたものです。一方でゴダールは、バザンの見解に同調しつつ、映像同士のモンタージュの手法も評価しました。ゴダールは、カメラを現実を映す透明な存在というより現実をある形式で発見するツールと見ました。

 またゴダールはソルボンヌ大学時代に文化人類学を学び、ジャン=ルーシュの人類学的映画にも興味を持っていました。こうした知見はテクストの歴史の体系(アートワールド)にアプローチする際の手法として遺憾無く発揮されています。加えて、ゴダールはベルトルト=ブレヒトの叙事演劇に影響されました。これは複数芸術である演劇において、具体的な事例を成立するプロセスに関する演出理論です。これは演劇において戯曲や演出に対して俳優が抱く違和感や態度を、演出に取り入れようとするものと言えます。こうした姿勢はゴダールが古典に向き合うための、新古典主義者としてのアプローチを形成したといえるでしょう。

 つまり大島渚にもヌーヴェルバーグにも、様式的ルーツとしてイタリアネオレアリズモのリアリズムがまずあって、そこから相互に参照関係が起こります。

同性愛。シュルレアリスム(コクトー)

 本作はゴダールやトリュフォーといったアート映画の生成に寄与したシュルレアリスムからの影響が顕著です。

 シュルレアリスム界隈における中心人物のブルトンはゲイフォビアのきらいがあった一方、コクトーは同性愛者で、作品にもその象徴的なモチーフが現れます。シュルレアリスムには性の哲学、アウトサイダーアートとしての側面があり、ゲイというマイノリティ表象はその後しばしばモダニズム文学に現れるようになります。三島由紀夫『仮面の告白』などが有名でしょうか。

 本作でも同性愛は見えます。キャストの北野武も自身が監督した『3-4X10月』や石井隆監督『GONIN』で同性愛者を演じます。

原作

 本作の原作『影の獄にて』はオレンジ自由国(南アフリカ共和国)出身の作家、ローレンス=ヴァン=デル=ポストがジャワでの自らの捕虜体験に基づき記した小説です。

 『影の獄にて』は、第一部「影さす牢格子 クリスマス前夜」、第二部「種子と蒔く者 クリスマスの朝」、第三部「剣と人形 クリスマスの夜」の三部からなりますが、三つの短編をまとめた体裁です。

 終戦から五年、クリスマスの前日に戦友のロレンスが「わたし」の家を訪ね、そのクリスマス前夜にハラの話をするのが第一部、クリスマス当日にセリアズとヨノイの話をするのが第二部、クリスマスの夜にロレンスの話をするのが第三部です。映画は、第二部後半のヨノイのストーリーを中心に再構成したものです。

 おおむね原作のプロットをなぞりつつ、ヨノイが原作では生存したり、相違もあります。ゴダール同様に、原作のコンセプトを残しつつ、作家主義的意匠を凝らしています。

物語世界

あらすじ

 1942年、日本軍政下にあるジャワ島レバクセンバタの日本軍俘虜収容所で、朝鮮人軍属のカネモトがオランダ人捕虜のデ=ヨンを犯す事件を起こします。日本語を解する俘虜の英国陸軍中佐ジョン=ロレンスは、ともに事件処理にあたった粗暴な軍曹ハラと親しくなります。

 ハラの上官で所長の陸軍大尉ヨノイは、日本軍の背後に空挺降下し、輸送隊を襲撃した末に俘虜となった英国陸軍少佐ジャック=セリアズを預かり、その反抗的な態度に悩むものの惹かれます。

 同時にカネモトとデ=ヨンの事件処理と俘虜たちの情報を巡り、プライドに拘る英国空軍大佐の俘虜長ヒックスリーと衝突します。

 セリアズとロレンスは、無線機を無断で所持していた容疑で、ヨノイ大尉に独房入りを命じられます。セリアズもロレンスも北アフリカ戦線で一緒に戦ったことのある仲です。ロレンスは自分の恋人のことを話し、セリアズは昔、弟に酷い扱いをしてしまったことを回想します。

 その日はクリスマスで、セリアズとロレンスはハラに呼びだされます。ハラは酔っぱらい、「ファーゼル・クリスマス」と叫び、セリアズとロレンスを釈放します。ハラは自分をサンタクロースで、プレゼントだと言います。

 要求に応じようとしないヒックスリーに対し業を煮やしたヨノイ大尉は、捕虜の全員集合を命じます。全員揃っていないと分かると病気の捕虜も並ばせようとし、これはジュネーヴ条約に違反していました。重症の捕虜が1人倒れて死亡するものの、なお日本軍への情報提供を拒み続けるヒックスリーをヨノイ大尉は刀で斬ろうとします。そこへ、セリアズが歩み寄り、ヨノイ大尉に抱擁し頬にキスをし、ヨノイ大尉は驚き倒れこみます。

 その後、ヨノイ大尉は更迭され、新しい大尉はセリアズを首から下を地中に埋めて生き埋めの刑に処します。セリアズは弟のことを思い出しながら衰弱死し、その夜中にヨノイ大尉は頭のみが地上に露となったセリアズに歩み寄り、髪を一束切り、目の前で敬礼し、切った髪を持って立ち去ります。

 1946年。日本は敗戦し、ヨノイ大尉は戦犯として処刑されました。同年のクリスマス、死刑判決を受け、執行前日のハラの元へロレンスがやってきます。4年前のクリスマスを思い出し、2人は笑い話に花を咲かせます。

 ロレンスが立ち去ろうとしたとき、ハラはかつての怒声のような呼び捨てで彼を呼び止め、「メリー・クリスマス、ミスター・ローレンス」と言い放つのでした。

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